一方、貧しい蘇民将来(そみんしょうらい)は、粗末ながらもできる限りのもてなしで迎えた。この扱いに対してスサノオは、のちにこの地をもう一度訪ねると、疫病をふりまき巨旦将来一族を滅ぼすのだが、蘇民の娘が巨旦の妻となっていたため娘に茅の輪をつけさせ、こう言った。「蘇民の子孫には必ず茅の輪をつけさせなさい。茅の輪をつけたものは厄難から守ろう」と。以来、茅の輪を付け、「我、蘇民将来の子孫なり」と唱えることが、厄難避けのおまじないのようになった。各地の素盞嗚(すさのお)神社では、「蘇民将来子孫也」と書かれたお守りやのぼりが授与されているし、スサノオを祭る総本宮ともいえる京都の八坂神社では、「蘇民将来子孫也」と書かれた札つきのちまきが用意されている。
一方、「人形」は陰陽師を起源に持つものらしい。安倍晴明が人形(式神)を自由に操っていた映画をご記憶かと思う。神社で用意されている人形に名前などを記入し、息を吹きかけ体をなで奉納すると、水に流したり、燃やしたりして浄化してくれるのである。実際に「ふーっ」と息を吹きかけるところなど、やってみると自分が安倍晴明になったような気がする。是非お試しあれ。
●「茅の輪くぐり」の作法とは
ちなみに、最近では「茅の輪くぐり」の作法もいろいろ伝授されている。簡単に言えば「8の字に3度茅の輪をくぐる」のだが、最初に左足から左回りとか、言葉を唱えるなど茅の輪のそばに表記されるようになっている。内容は地方によって若干異なるようなので、気になる方は現地で確認のほど。
しかし、近年の参拝ブームのおかげで、礼儀知らずが増えたせいか、以前にくらべ各社いろいろ注意事項が増えた。普段なら問題ないが、お正月や祭事中に訪れた人がみなこれを実行すると混雑と混乱で大変なことになる。一番大事なのは、やはり形式ではなく「心」にかかっていることを忘れないことかもしれない。
なにしろ、「茅の輪くぐり」のあとの茅を抜いて「持って帰るのは穢れを持ち帰ることになってよくない」派と、「持ち帰り丸くして腰につけお守りにする」派が存在しているのだ。「蘇民将来」の逸話からすれば、持ち帰りが正しい?と思うが、確かにみなの穢れを祓ったものを持ち帰るのはどうなの?とも思う。実際、茅の輪も神社の備品なのだから、神社の迷惑を考えると持ち帰るべきではないだろう。
●スサノオは厄難避けの神さまの代表
実は、わたしはスサノオの神さまがお気に入りである。故郷の氏神さまがスサノオだったためか、現在住んでいる東京でもお気に入りはスサノオを祭る神社が多い。都内で一番はなんといっても根津の権現さま(根津神社)。森鴎外や夏目漱石などの文豪たちにも愛された神社だが、数々の災害・戦災をくぐり抜けて残された社殿などの美しさは群を抜いている。
そういえば7月は八坂神社のお祭り(祇園祭)が1か月かけて行われる。冒頭でも登場したが、この時期食される「水無月」は、氷をイメージしたういろうに魔除けの小豆を乗せた三角形の食べ物である。日本の中でも特に厳しい夏と言われる京都の町を、1カ月かけてすみずみまでスサノオを行脚させ、体を元気にする物を食してきた先人の祈りにも似た知恵はなかなか奥深い。何しろ、茅は病気を媒介する蚊をよける植物であり、祭りの山車を迎える町内はすみずみまで掃除を行う。水分を多く含みタンパク質が豊富な食べ物は夏バテにも効くだろう。知ってか知らずか、夏場の病気の大半は、これらで予防できたのかもしれないのだから。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)