もっとも、西洋でも軍人が迷彩服に身を包むようになったのは第2次世界大戦以降の話で、ローマ軍団の指揮官は真紅のマント、中世の騎士は白銀の鎧に赤など原色の盾や旗指物を翻している。鉄砲の出現後も、一斉射撃をものともせず突撃する英国の歩兵隊や、サーベルをかざして突撃するナポレオン騎兵の制服も紅である。
どうしてこのような不合理な軍装をするのか。
英国の人類学者HillとBartonの研究で長年の疑問が氷解した。彼らは、オリンピックの格闘技(レスリング、ボクシング、テコンドー)でウエアの色を観察したところ、統計的に有意に(偶然そうなった可能性は非常に低い確率で)赤のウエアが勝利したという。さらに欧州のサッカーでも同じように赤の勝率が青や白を上回ったという。面白いことに、鳥類や爬虫(はちゅう)類では発情期の雄の婚姻色は赤で、より派手な色のほうが、地味な雄よりも多く子孫を残すという選択が働いている。
ではどうして赤が強いかというと、闘争に深くかかわる男性ホルモン・テストステロン(アンドロゲン)のレベルを上げる作用があるという。実際、トカゲの闘争で勝者と敗者を比較すると、赤い個体はそうでない個体に有意に勝利し、血中のテストステロン値も高いという。人間でも、テニスの試合で勝者は敗者よりもテストステロンが高いという報告や、ホームで試合をするとアウェイに遠征するよりもテストステロン値が高くなるという報告がある。赤い衣装は、敵ではなくて自分自身を鼓吹するためだったのである。
交通違反の取り締まりでは、赤い車がスピード違反を起こす率が最も高いという。自ら赤い衣装を選ぶという心理傾向を有する人のテストステロンが高く、スピード運転を好むのかもしれぬ。
ただ、長篠で織田徳川連合軍の弾幕の中に散った山県昌景、家康の本陣を前に刀折れ矢尽きた真田幸村、そして赤い三葉機フォッカーDR1を縦横に操って英軍機を翻弄(ほんろう)しながらも最後は撃墜されたリヒトホーヘン男爵と、赤を身にまとった英雄は栄光に満ちてはいるが、悲惨な最期を遂げることが多いように筆者には思われる。勇気は高揚しても、理性的な判断力を曇らせるのが男性ホルモン(あるいは男性性自体)の悲しさかもしれない。
(文/早川 智)