「東京ばな奈」
「東京ばな奈」
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 みやげ物はご当地でしか買えないからこそ意味がある。社会のIT化が成熟し、今や地方の名産品が全国どこにいても手に入る時代となった。そうした時代だからこそご当地でしか手に入らないモノは“お土産”としての価値が光る。

 東京土産「東京ばな奈」――独特の黄色いパッケージで知られるこの商品。みれば東京を思い浮かべ、東京という地名を聞けばこれを思い出す。そんな向きも少なくはないだろう。

 実は、この「東京ばな奈」、これは東京でしか手に入らない代物だ。地方では決して手に入れることはできない。通信販売ですら入手不可能だという。全国各地の百貨店が開催する“地方名産展”への出品も遠慮しているという徹底ぶりだ。なぜ、ここまでかたくなに地方での販売を拒むのか。製造元・(株)グレープストーンの広報担当者に聞いた。

「お土産モノということ。それに尽きます。数に限りもございます。店頭には大勢のお客さまが並んでお待ち頂いています。そうしたお客さまの思いを大事にしたいのです」

 2000年代に入りIT社会化が進むに連れ、地方の名産品を取り扱う企業の間には、これを全国販売する動きが相次いだ。大勢の人に地方の銘菓を届けたい。その取り組みは評価されてしかるべきだ。しかし、かつて地方でしか手に入らなかったものがクリックひとつで手に入るようになると、そこにはもう“お土産モノ”としてありがたみは薄くなる。

「家族、勤め先の同僚、近隣の人、友人……。黄色いパッケージの『東京ばな奈』を渡したときの喜ぶ顔をみるためなら、大勢の人が並ぶ行列も苦になりません。それだけの価値がこれにはあります」(東京駅構内で「東京ばな奈」を購入した福岡県の40代会社員)

 さて、この東京土産として愛される「東京ばな奈」だが、その販売が開始されたの今から24年前、1991年のこと。東京都庁が丸の内から現在の西新宿に移転した年だ。

 意外にもその歴史は浅いこの「東京ばな奈」が、なぜ今では東京の代名詞ともいえる銘菓にまで育ったのか。IT社会という時流に乗らず、地方での販売を拒んだことに尽きよう。東京でしか買えない――この希少性こそが、「東京ばな奈」という商品のブランド力を高める結果となった。

 食品、飲料メーカーに詳しい証券アナリストのひとりは、この「東京ばな奈」にみられるブランディングについてこう話す。

「IT社会化で販路拡大が叫ばれた時期、これに乗らなかったこと、それ自体が英断といえる。その一事をもってしても経営サイドのブレない姿勢が読み解ける。それが企業としての信用性に結びついている。ここに柔軟性が加わればさらなる飛躍が予測される」

 自社のブランドをかたくなに守らんがため、経営が硬直、自滅した企業も数多い。「東京ばな奈」製造元、グレープストーンはどうか。

 東京土産というブランドを死守すべく、地方での販売しないものの、「東京ばな奈」の名前を被せたパイ、ゴーフレットなどの一部関連商品は、オンラインショップや、関西国際空港、中部国際空港内の売店といった“東京以外の地方”でも販売するなど柔軟な姿勢をみせている。

 確固たる軸を保ちつつも柔軟性を持つことで信頼と信用を得る。これは企業のみならず、わたしたちが個々人が人生行路を旅するうえでの重要なヒントといえよう。

 来年、「東京ばな奈」は発売から25年を迎える。そこに詰まっているのは大勢の客が慣れ親しむバナナ風味のカスタードクリームだけではない。約四半世紀をかけて築き上げたブランドと製造元の信用だ。

 もし、「東京ばな奈」にカスタードクリームがなければこれは商品としての体を成さない。「東京でしか販売しない」という事実もまた、クリーム同様、商品に欠かせないブランド、ひいては製造元の信用といえよう。

 今、そうしたブランドと製造元の信用と先述した時間を割いて大勢の人が並ぶ行列を待つ地方から出張してきたビジネスパーソン、すなわち客の思いが踏みにじられている現実がある。

 製造元・グレープストーンとは一切無関係の販売代行業者によるネット通販での「東京ばな奈」の販売だ。これにより全国どこでも「東京ばな奈」は事実上クリックひとつで手に入る。だがその価格は通常の倍近くの値段だ。東京でしか買えないはずの「東京ばな奈」という顧客心理につけ込んだ販売代行業者が大幅にその価格を吊り上げているからである。

 だが、これら販売代行業者の行為は、「法律上、即、違法とはいえない」(弁護士)という。しかしモラル、道義的にはどこか違和感を覚える向きも少なくはないだろう。

 グレープストーンでは、こうした自社とは無関係の販売代行業者の動きについて次のように語った。

「お客さまからみて(高価格に吊り上げられてネット通販で販売されている『東京ばな奈』を製造元が販売していると)誤認を与える可能性がある。それが辛く、申し訳ない」

 自社商品のブランドと信用を傷つけられても、販売代行業者をあしざまにいうことよりも先に、まず客を慮る。そんな製造元の思いもまた「東京ばな奈」の黄色いパッケージのなかに詰まっている。

(フリーランス・ライター・秋山謙一郎)