2015年3月に新しく開通した北陸新幹線。東京から、今まで乗り換えなければならなかった金沢・富山までワンストップでつなぐ路線だ。新車両E7系、W7系が颯爽と走る姿をニュースで見た人も多いだろう。この北陸新幹線、金沢が終点ではない。2034年までに福井県敦賀市まで伸び、最終的には大阪までをつなぐ予定となっており、東海道新幹線に次いで東西を結ぶ新しい動脈となる予定なのである。
ところが、この延伸ルートの一部が今年5月に変更となったのをご存じだろうか。国の大事業である新幹線の、発表されたルートが変更になることはあまり例がない。しかも、伝え聞くところでは、その要因は“トンボ”だという。それはどういうことなのだろうか?
北陸新幹線の計画自体は1973年からあったが、南越〜敦賀間のルートが正式に発表されたのはそれから40年近くたった2012年8月末だった。ところがこれに敦賀市民は驚いた。なぜなら、そのわずか1カ月ほど前の7月3日に、ルート上のある場所がラムサール条約(※)に条約湿地として登録されていたからである。
※ラムサール条約とは、「水鳥や、その他絶滅危惧動植物種の生息地等として国際的に重要な湿地」を保全する国際条約。
その場所とは福井県敦賀市にある中池見湿地だ。敦賀市の中心部から徒歩30分ほどのところにある約25ヘクタールのこの湿地は、袋状埋設谷という特殊な地形を持ち、またその地中に約40mにもなる泥炭層を持つ世界でも珍しい場所だ。またここには約3000種もの生物が息づき、渡り鳥で、日本でのみ繁殖が確認されているノジコが利用する大切な湿地でもある。さらにここで特筆すべきはトンボである。この湿地では今まで累計72種のトンボが確認されているのだが、これは本州で確認されたトンボの約6割にものぼり、一箇所で70種以上のトンボが確認された場所は日本ではほとんど無い、トンボたちにとって貴重この上ない楽園なのである。
当初、新幹線のルートは中池見湿地の東にある「うしろ谷」を貫通する予定となっていた。うしろ谷は、湿地の水が谷の水路から外に出て行く場所。もしうしろ谷がなくなれば、湿地全体の水環境および生態系に重大な影響が出ることは必至だった。
「この新幹線のルート発表は、中池見湿地がラムサール条約登録湿地になった直後だっただけに大きい衝撃をもたらしました」と話すのは、(公財)日本自然保護協会(以下NACS-J)・市民活動推進室の福田真由子さんだ。