母の出世作は『淋しいアメリカ人』。
60年代後半のアメリカの姿を描き、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。子供たちも追体験ということだろうか。かれんはアメリカでの悩みを相談しなかったというが、母はそれも織り込み済みだったに違いない。
「英語を覚えるには浴びるほど触れないとだめと、転校した日もスクールバスに一人で放り込まれた。他人のヘルプは無視。うちの子供はきちんと帰れますからって」
正月にもお年玉はない。その代わりに、家族会議で「今年はこれだけ稼ぐわ」と母は宣言。「うまくやるわ。だから夏休みはどこそこへ行こうね」
「家族で世界中を放浪しました。中国とロシアではガイドのフリをしながら公安がついてきたりね。高校までに25カ国は行ったかな。弟のローランドは百カ国」
世間体を気にするな、誰も気にしないわよ!と子供たちをひっぱり世界を見せた母もアルツハイマー型認知症に。「本人は不服みたい。お母様はアルツなんだよって言っても私は違う!って」とかれんは苦笑する。
家族の自伝『ペガサスの記憶』を読んで、「編集者に、あの子たちしっかりしたこと書くわねって母が。話したことは5分もしたら忘れちゃうけど、生に対する執着が強いのかな。もう十分とは決して言わない。身辺整理なんてとんでもない。今も近くの中華街に食事に行きます。元気なんです」
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中
※週刊朝日 2023年2月17日号