私たちの安心な暮らしを守っている医療制度。医大もしくは医学部といった狭き門を突破し、厳しい研修と国家試験をクリアした、いわゆるエリートのみが携わることができる世界だ。日本国の医療に関する法律は非常に厳しく、医療行為を行う際の注意・義務事項は多岐にわたる。にもかかわらず、医療関係者の不注意、勘違いによる重大な事故は後を絶たない。

 実際、医療事故情報を収集する「日本医療機能評価機構」によると、2013年に全国の医療機関から報告があった医療事故は3049件と、初めて3000件を超え、過去最多を記録している。

 そんな多発する医療事故を20年以上取材しているジャーナリストの出河雅彦氏がこの度、『ルポ 医療犯罪』(朝日新書)を上梓した。同書は04年以降に発生した特に重大な医療事故・事件を記録した一冊だ。

 03年12月24日に、当時の厚生労働大臣が「医療事故対策緊急アピール」を発表して以来、医療現場における安全に関する取り組みは格段に進んでいるが、出河氏は、その一方で過去の事故・事件の教訓が生かされていない“悪質な事例”が繰り返されている事実を指摘する。

「緊急アピールが出されてからの10年余りを振り返ってみると、医師の基本的知識の欠如を原因とする医療事故や、倫理観の欠けた医師による金儲け優先の病院経営を背景にした悪質な医療事件も発生し、医療従事者の教育研修のあり方や『医の倫理』が問われる事態となっているのである」(同書より)

 悪質な医療事件の事例として本書では、「銀座眼科レーシック手術集団感染事件」を挙げている。この事件は、より多くの利益確保のために手術器具の除菌や交換等の衛生管理を著しく怠たりレーシック手術を行っていた銀座眼科の医師が、その業務上の過失により60人余りの患者を細菌性角膜炎に感染させ、禁錮2年の実刑判決を受けたもの。レーシック手術に対する世間的な信頼を大きく失墜させた事件として記憶している人もいるだろう。

 この事件は、医師の過失によって引き起こされたものであるのは言うまでもないが、出河氏は、事件の根幹には、看護師と医師の協力関係の欠如があると語る。事実、銀座眼科に通院していた患者は、看護師と医師が口論をするのを目撃したと証言している。また、事件発覚後の中央区保健所の発表によると、手術器具の洗浄を担当していた看護師が、医師との軋轢により洗浄担当を外れ、それ以降は医師の独断で定期的な洗浄は行われていなかったことも明らかになっている。出河氏は、そうした看護師と医師のディスコミュニケーションが、被害者数が拡大したことの直接の原因であると指摘する。

 医療現場では医師、薬剤師、看護師など様々な人間が、お互いをフォローしながら働く必要がある。しかしながら出河氏は、件の事件に限らず、一般的に本来チームで動くはずの医療現場における協調性・相互監視はまだまだ不十分だと述べる。

 例えば、薬剤師は処方された医薬の中身・量に対して疑問があれば、処方医師に確認し、納得するまで患者に薬を渡してはいけないという法律が存在する。にも関わらず、薬剤師が医師に対する遠慮からその義務を怠り、未確認なまま過量の薬剤を患者に投与し死亡させた事例もある。

 医療事故を未然に防止するためには、マニュアルの確立、教育制度の厳格化、法整備なども必要不可欠な要素だ。しかし、最終的には現場で働いている者同士の「チーム医療」が大切なのかもしれない。

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