TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、映画「オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡」について。
【写真】この作品を監督したポーランド人女性のマルタ・プルスさん
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東京五輪は約1年延期となったが、栄光のストーリーには光と影がつきものだ。表彰台の晴れやかな笑顔とは裏腹に黒い影があることも多い。オリンピック4連覇の伊調馨選手へのパワハラで告発され、栄和人・日本レスリング協会強化本部長が辞任したのは記憶に新しい。一介のコーチがモンスターになり権勢をふるう。そんな怪物と選手を描く映画がヨーロッパで数々のドキュメンタリー賞を受賞した「オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡」だ。2016年のリオ五輪で個人総合金メダルを獲得したロシア新体操のマルガリータ・マムーンと、毛皮のコートに身を包んだ全ロシア連邦新体操総裁のイリーナ・ヴィネルが登場する。とにかく凄まじい罵倒の嵐。イリーナの罵詈雑言に耐えながら、マルガリータはリングをキャッチし、ボールを肩で転がす。完璧に近い演技を褒められるかと思いきや、追い打ちをかけるようにイリーナが怒鳴る。ニューヨーク・タイムズが「ホラー」と形容した罵倒に耐えれば金メダルが待っている。そしてプーチンからは邸宅とBMWが。華麗な名声と秘匿された舞台裏。
この作品を監督したポーランド人、マルタ・プルスに取材を申し入れた。新型コロナウイルス騒動で来日できず、スカイプでの取材になった。
「鉄条網で覆われたような」(マルタ)ロシアという国の、更に内側にある新体操の世界に君臨するイリーナの印象を尋ねた。「ロシアは15年以上、五輪の金メダルを独占している。指導者の彼女は陸軍大将のようだった。彼女の選手たちは直立不動。私も怖かったが、恐怖心を悟られないようにどこでもついていった。私の意志を示すために」
ポーランド、ドイツ、フィンランドと国際的な座組になったことが奏功したのか、イリーナは遂に撮影を許してくれた。圧巻は出来上がった作品を見せたエピソード。