「いくつかのシーンで上映を中断しました。選手に対して自分が『クソ』と言っているのが映っていた。そこにイリーナが動揺したのです。これは何? スキャンダルをかきたてるつもりなの?と言われた」
マルタは焦る。3日後にアムステルダムでのワールドプレミアが迫っていた。「この汚い言葉の全てに自主規制音を被せて欲しい」とのイリーナの提案を拒否、上映を続けた。
観終わると意外にもイリーナは喜ぶ。しかもモスクワ映画祭でも上映できないかと言った。
「金メダルを獲る上で自分が正しいことが証明できると思ったのでしょう。イリーナはそれだけ強い人。観客の反応はわかっている。しかし、決して恥じることはないと」と監督は回想する。
「私の子供時代のポーランドは社会主義国でした。言葉の暴力というか、大人が子供を怒鳴るのは当たり前。それだけに(世界最高峰といわれるスポーツの世界で)『ハラスメント』があることに気づいたことが、この映画のきっかけになったのです」
この作品は指導を受けたマルガリータが金メダルを獲る場面で終わってはいない。罵倒に耐えるマルガリータの繊細な感情に着目し、大会期間中ゆえ癌(がん)だった父の死に目に会えなかった涙を丁寧に描いている。メダルの獲得とそれに伴う富、名声を凌駕する人生の価値をこの作品は呈示していた。
※週刊朝日 2020年4月10日号