日本整形外科学会の調査によると、男女とも半数以上の人が加療の必要な腰痛を経験しているという。原因が特定できず、慢性化するケースも少なくない。

 都内の電気機器メーカーに勤める戸澤洋二さん(62)は、そんな典型的な慢性腰痛患者だった。

 戸澤さんが注目したのは、米ニューヨーク医科大学のジョン・サーノ博士が提唱した「緊張性筋炎症候群」という理論だった。この理論は「心に精神的な苦痛があるとき、脳は体の一部の筋肉に痛みを発生させ、その精神的苦痛から注意をそらさせようとする」というもの。戸澤さんの場合、仕事上のストレスが腰痛という形で表れたのではないかと考えられた。

「痛いと感じたときはあえて好きな趣味や楽しいことを考えるようにして、意識を痛みから遠ざけました。そうすると、不思議なことにスーツと痛みが落ち着いていくんです」

 戸澤さんはペインクリニックに通い、痛みを感じるところにトリガーポイントブロック注射という局部麻酔を打ち、抗うつ剤を処方してもらった。

「麻酔で下半身の痛みを除き、抗うつ剤で脳を鎮める。そして病院を出たその足で公園に行き、趣味のラジコン模型飛行機を飛ばすことに熱中しました。そうすることで麻酔が切れても痛みにとらわれないよう、脳をリセットしようと思ったんです」

 すると、何をしてもよくならなかった腰痛がみるみる回復し、数カ月後には完治したという。

 戸澤さんが治療を受けたNTT東日本関東病院のペインクリニック科の元部長で、東京医科大学病院麻酔科の大瀬戸清茂教授はこう話す。

「痛みを感じると、脳の一部が活性化されます。そういったことが度重なると、痛いと思うだけで脳が活性化して痛みを感じるようになると言われています。また、うつ病患者は普通の人よりも痛みを数倍、人によっては数十倍感じることもあります。身体的な異常がないのに腰痛になる場合、脳の記憶が原因になっている可能性はあるでしょう」

※週刊朝日 2012年6月8日号