■「総理、これ会見と呼べますか」

 午後6時、会見室に安倍首相が胸を反らせて入ってきた。管義偉官房長官ら、居並ぶ高官が頭を垂れる。冒頭発言の原稿朗読が始まった。

 私の席からは、安倍首相の顔がプロンプターのガラス板越しに見える。安倍首相はガラス板に表示される原稿を凝視しているから、私と目線が交わっているようで、交わっていない。

 肝心の内容も空疎だ。言葉が踊るばかりで、具体策がない。初めての首相会見取材だというのに緊張が緩み、意識しないと集中力を維持できない。

 官邸報道室は、記者クラブに会見全体の時間を「20分程度」と知らせていた。それを超える21分間、用意した冒頭発言の原稿を一方的に読み続けた。そのこと自体、後に続く質疑の軽視を裏付けている。私は会見の在り方についての質問を心の中で準備した。

「国民の命に関わることを決めながら、なぜ質疑から逃げるのですか。台本を仕込まない真剣勝負の質問に、総理自らの言葉で答えることはできないのでしょうか」

 質疑の冒頭は、慣例で記者クラブの幹事社(当番の連絡役)が聞くことになっている。質問は「対応が後手に回ったという批判がある」「東京五輪は計画通り開催できるのでしょうか」というもので、本質を突いていた。しかし、内容が事前に伝わっているために、万全の準備ではぐらかされる。再質問も慣例で封じられ、畳みかけられない。

 幹事社質問の後、司会の長谷川榮一内閣広報官が顔見知りの記者を指名していく。やはり事前に質問が伝わっているのか、安倍首相は手元の紙を読み上げている。私も広報官の真ん前で精いっぱい手を挙げ続けるが、当たらない。周りの男性記者はスーツ姿。私だけがいつも通り現場取材のための軽装で、「自分が司会でも警戒するだろうな」などと考える。

 開始から44分、広報官が「はい、以上をもちまして」と会見を打ち切ろうとした。私は「浮く」ことを覚悟で「まだ質問があります」と声を上げた。しかし、声を上げたのは全く一人ではなかった。多くの政治部、フリーランス記者が同時に抗議していた。「仕込んでない質問に答えてください」「終わっちゃ駄目ですよ」。会場には怒号と気迫が満ちた。

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