「おまえな、感染したら死ぬんやぞ」「それがおれの運やったら、しゃあない」「座して死を待つんやな」「んなわけない。病院へ行く」「それが迷惑なんや。ICUがいっぱいになる。交通事故や心筋梗塞(こうそく)の患者が困る。……ECMO(エクモ)て知ってるか」「知らんな」「人工肺や。それが不足してる」──。

 わたしはこの三年でECMOを二回見た。ひとつは友人が外出先で倒れて救急搬送され、わたしがICUに入ったときは、首と太股(ふともも)の血管にチューブを入れ、ポンプで血液を循環(静脈から血液を出して体外でガス交換し、それを動脈にもどす)させていた。毛布の裾から出た赤いチューブがいまも眼に焼きついている。

 もうひとつは、よめはんの弟だった。朝、家で紙ゴミに出す新聞を括(くく)っているときに苦しみだして救急搬送され(救急車に乗せられたときは心肺停止状態だった)、ICUで人工心肺装置につながれた。わたしは面会に行ったが、顔色はよく、普通に眠っているようだった。脳波はフラットで、心臓の透視画像を見ると、冠動脈三本のうち一本の根元が詰まっていた。医者ははっきりいわないが、“死体に強制的に血液を循環させている状態”だった。

「年寄りは外に出たらあかんのか」「人間一寸先は闇やけど、闇には近づかんようにせんとな」「いつまでつづくんや、このパンデミック」「分からん。もっとひどいことになるかもな」

 思い萎(しお)れた──。

週刊朝日  2020年4月24日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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