キャデラックは中も広くて、見栄じゃなくて実用的な意味もあって馬場さんは乗っていたんだと思うよ。ベンツに乗っているプロレスラーは結構いたけど、キャデラックはあまり見かけなかったね。車の大きさも相まって、俺もカッコいいなって思ってたよ。
俺からのプレゼントでは、最近まで毎年行っていた家族へのハワイ旅行のプレゼントがある。これは次回に「旅行」をテーマに話をするから、そのときに詳しく話そう。相撲のときは自分が着なくなった着物なんかを若い衆にあげていたけど、プロレスラーになってからはあまりないな。プロレスラーは各々の趣味があるから、服をあげても趣味が合わないと「こんなもん寄越しやがって!」ってブー垂れるから。俺も馬場さんから着なくなったアロハシャツをもらったことがあるんだけど、着ると肩の縫い目がひじの位置に来るんだもん。あれはさすがに嫌になっちゃったね(笑)。
アロハシャツは着られなかったけど、俺は馬場さんから大切な“宝物”をもらっている。それは相撲からプロレスに転向したばかりのときに言われた「女と子どもは弱いものだから、できるだけ大切にしなさい」という教えだね。相撲とプロレスという男の世界しか知らない俺にとって、この言葉はすごく大きかった。一番最初に見たプロレスラーの家庭が馬場さんの家庭だったというのも大きかったんじゃないかな。
馬場さん夫婦はすごく仲がいいけどお互い付かず離れず、余計な詮索は一切しないという関係。(奥さんの)元子さんは、馬場さんから煩わしいことを遠ざけるためにマネジャー的なポジションにもいて、いろいろな面倒を背負っていたんだよ。そんな元子さんのことをよく思わない人もいたけど、その分だけ馬場さんの株が上がった。奥さんとしても相談者としても、馬場さんにとって元子さんの存在は大きかったわけだ。
うちの女房も本当に頑張ってくれたんだ。それで俺は「いい家庭ができたな!」と調子に乗って飲み歩いていた(笑)。現役時代は夕方の5~6時になっても俺が家にいてそわそわしていると、女房が「どこか飲みに行きたいんでしょ?行ってきなさいよ」とよく理解を示してくれたもんだよ。ただ、いつも朝の6~7時に帰って来るから「娘の幼稚園、学校の迎えのバスが来る前には帰って来るように。近所の人の手前、恥ずかしいから!」と厳しく言われていたけど……。そうやって飲み歩いている俺を見て「プロレスラーはこうやって生きるんだな!」と真似をして、家庭不和になったところは多いと思うよ(笑)。あくまで、女房がしっかりしていないとダメになっちゃうからな!