わたしは本社勤めだったから、毎週月曜日、屋上に全社員が整列して中内社長の訓示を受けた。社長はやたら早口で滑舌がわるく、“コーポレイト・アイデンティティー”などと横文字言葉を羅列する。わたしはほとんど理解できなかったが、管理職連中は教祖を仰ぎ見る信者のごとく、深く大きくうなずいていた。社長がエレベーターに乗っていたりすると、まわりの管理職はぴりぴりして微動だにしない。新店のオープン時、社長が売り場を巡回すると、後ろに二十人ほどの管理職がぞろぞろとつき従い、みんなメモ帳を持って社長の片言一句を書きとる風景は、いまなら北朝鮮で見られるかもしれない。わたしは半年も経たないうちに、この独裁企業を辞めようと思った。

 ダイエーは研修が多かった。社長の書いた本を配られて、感想文を書けといわれ、その本も横文字だらけだから、まるでおもしろくない。社長の理念とは、その当時、世界を席巻していたシアーズ(2018年に倒産した)の経営哲学そのものではないか、と感じた。

 ダイエーは毎年一回、昇級試験があったが、どうせ辞めるのだからと、モチベーションは欠片(かけら)もなかった。わたしと同期入社の大卒社員は二百人もいたが、四年間の試験で一度も昇級しなかったのは、わたしひとりだけだった。

(※書くことが多いので次週につづきます)

週刊朝日  2020年6月5日号

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