「演出家とは、人の気持ちや時代の状況を先読みしていかなければならないと思う。そこで歌バージョンは、人々を鼓舞するよりも前に、まず『つらいよね』と、慰めあえるような、優しい動画作りを目指しました。ダンスバージョンでは、これから先もっとつらいことが起きても心は絶対折れないことを力強く“宣言”したかった。『何がなんでもポジティブでいるぞ!』と、自分自身に語りかけるきっかけになるものを作りたかったんです」

 亞門さん自身は、今置かれている状況を、悲観的にではなく「むしろ、人が大きく変われるチャンスかもしれない」と捉えている。

「新型コロナがきっかけで、カミュの『ペスト』を読んだり、日本のスペイン風邪のことを調べたり、僕なりに勉強して、歴史を振り返ってみると、こういう未曾有の疫病や災害に見舞われたときに限って、その後、文化や文明は大きく変わっている。僕ら演劇人は、芝居を通して、“人間とは何か”を語りかけていくことができるんだから、今は落ち込んでいる場合じゃない。むしろ、人間性を試される時期なのかもしれないなと思います。ブロードウェーでは、今、芝居が上演できないこの状況を、“オンリー・インターミッション”と呼んでいます。『これは休憩だ。必ず次の幕は上がる』と。ワクチンや特効薬が開発されさえすれば、この病気は治る。地球は滅亡しない。文化はこれからも継続していくんです」

 亞門さんの言葉は力強く、その表情は常に明るい。果たして、その明るさ、前向きさはどこから来るのだろうか?

「22歳のときに、最愛の母の死を体験したことが大きいかもしれないですね。まだ、演出家としての道が何も開けていなくて、大好きだった母を一つも喜ばせることができないまま旅立たせてしまったことは、ものすごい絶望でした。想像を絶するような痛みと悲しみが、突然、自分に攻め込んできた。でも、母の死がきっかけで、舞台人としてやっていく覚悟ができたことも確かなんです。今になってみればそれは、最悪かつ最高のバトンタッチでした(笑)。だから、今の僕の明るさは、最低最悪の瞬間がスタートだったことが基盤にあるんです」

 そう言ってから、「でも僕はちっとも強くない。弱い。うん」と、小さく呟いた。子供の頃から目の前にたくさんの試練が立ちはだかって、その場で自殺してしまいそうなぐらいの状況にまでなることも多々あった。

「でも、『もう生きられない』と思っても、次の日には、何か口に運んでいる。トイレに行けば、排泄もする。頭の中で“死”を思い描いても、肉体は、生きるための循環を怠らない。そして、1カ月後か2カ月後には、何かを見て笑ったりする自分がいるわけです」

>>【後編へ続く】宮本亞門、がん宣告で「人間とは何か」に新たなヒント コロナ後の世界に期待

(菊地陽子、構成/長沢明)

週刊朝日  2020年6月5日号より抜粋

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