宮本亞門、がん宣告で「人間とは何か」に新たなヒント コロナ後の世界に期待 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

宮本亞門、がん宣告で「人間とは何か」に新たなヒント コロナ後の世界に期待

このエントリーをはてなブックマークに追加
週刊朝日
宮本亞門(みやもと・あもん 9/1958年生まれ。東京都出身。2004年ブロードウェーにて「太平洋序曲」を演出。トニー賞4部門にノミネートされる。主な演出作に、ミュージカル「ファンタスティックス」「スウィーニー・トッド」、舞台「金閣寺」「サロメ」「ライ王のテラス」、オペラ「魔笛」「蝶々夫人」など。ほかに歌舞伎や能の演出も手がける。

宮本亞門(みやもと・あもん 9/1958年生まれ。東京都出身。2004年ブロードウェーにて「太平洋序曲」を演出。トニー賞4部門にノミネートされる。主な演出作に、ミュージカル「ファンタスティックス」「スウィーニー・トッド」、舞台「金閣寺」「サロメ」「ライ王のテラス」、オペラ「魔笛」「蝶々夫人」など。ほかに歌舞伎や能の演出も手がける。

 秋にはミュージカル「生きる」の再演が控える演出家・宮本亞門さん。その眼差しは、コロナ後の世界の芝居はもちろん、人々の価値観の変化を見据える。

[前編「これは休憩だ。必ず次の幕は上がる」宮本亞門がコロナ禍でも前向きなワケ より続く]


 昨年の春、前立腺がんを患ったときは、宇宙の闇に放り投げられてしまった気分だったという。最初に、「がんです」と告知されてから、「前立腺に影があり、ここまで大きいと、全身に転移している可能性があります」と説明されて、検査の結果を待つ2週間が、恐怖だった。

「毎晩、寝る前に『ああ、僕はこの人生と本当に別れるかもしれないんだ』と思ったとき、寂しさや切なさ、いろんな人への思いが巡って、眠れなくなりました。結果として、転移はしていなかったんですが、あの体験によって“人間とは何か”ということを理解するための新たなヒントがもらえたような気がしています」

 一昨年の10月、亞門さんが演出を務めたミュージカル「生きる」が、TBS赤坂ACTシアターで、3週間にわたって上演された。黒澤明の不朽の名作をミュージカル化するという大胆な試みは大成功を収めた。その4カ月後、亞門さんががんを宣告されたとき、「生きる」の主人公である渡辺勘治のことが頭をよぎった。

「勘治は胃がんを患い、余命いくばくもない。そんな中で、元部下の女性のキラキラした生命力に触れ、『何か作ってみたら?』という一言で、『自分にもまだできることがあるかもしれない』と立ち上がります。映画のテーマは、重厚だし暗いけれども、僕は渡辺勘治の人生については、『本当に幸せな、いい人生だったね』と解釈しています。多くの人が、人生に絶望したまま死んでしまうところを、彼は、転生したんですね。残り少ない自分の人生を、精いっぱい無心に生きた。この物語から僕は、“人は変われる”ということを学んだのです」

 もし、再演することがあれば、自分のこの作品へのアプローチの仕方も変わってくるかもしれない。そんなふうに考えていると、2020年の秋、日生劇場で、渡辺勘治役を初演と同じく市村正親さん、鹿賀丈史さんのダブルキャストで上演することが決定した。初演の前には、市村さんや鹿賀さんと何度も話し合いを重ねていた。そのときは、市村さんだけががんサバイバーだったが、「がんを経験したからといって、市村さんの芝居のほうがリアルとか、そう単純なものじゃないこともわかりました。役者にとって大事なのは、経験以上に想像力なんです」と振り返る。


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい