京都には世界で活躍する音楽家が多いが、中でも京都生まれ、今も京都に暮らす原摩利彦(はら・まりひこ)には格別な存在感がある。
坂本龍一のお墨付きをもらい、演出家・劇作家の野田秀樹や、京都のアーティストグループ「ダムタイプ」周辺とも交流を結ぶ原は、京都大学在籍時から本格的な音楽活動を開始。現代音楽、クラシック、現代アート、舞台、映像の世界まで幅広い分野で活躍する気鋭の音楽家だ。2017年12月にTBS『情熱大陸』に出演したので、その知性的かつエモーショナルな横顔をテレビで見た方もいるかもしれない。
そんな原 摩利彦が約3年ぶりとなる新しいソロ・アルバム『PASSION』を発表した。
コロナ禍で、しかも白人警官が黒人男性を死に追いやったミネアポリスでの痛ましい事件に端を発してアメリカ全土で抗議デモが巻き起こるような現在、最も聴かれるべき作品と言ってもいいのではないかと思う。ここには命のヒエラルキーなどなく、音のヒエラルキーもない、とでもいうような静かな主張があるからだ。
社会的、ポリティカルなメッセージをはらんだ作品という意味ではない。サウンド面だけを取り出せば、とても心地いいピアノ中心のインストゥルメンタル・ミュージックに聞こえるだろう。だが、原がこの作品に込めた思いは、癒やしや穏やかな空気の向こう側にあるリベラルな価値観だ。
よく聴くとわかるが、このアルバムには美しい旋律を持つクラシカルなピアノ曲もあれば、アンビエントとニューエイジを視野に入れたような曲もある。また、ポリリズミックなエチオピア・ジャズ・タッチ調の曲や、現代音楽とゴシックとがミックスしたような曲もある。さらに原が16歳の時に書いたという「Inscape」のような曲から、制作の中で今作の柱になったというアルバム・タイトル曲「Passion」まで、時間軸も超えている。あらゆる音が横一線に並んだような格好で、原はそれらの曲にフラットに向き合っている。そんな作品だ。