同じころ、もう一つの物語がカタストロフィーを迎えようとしていた。皇帝を断罪する謀反の計画である。

 ゴーンは日産傘下に10年、ジーア・キャピタルという投資会社を設立したが、しばらくして「活動状態がわからない」と不審に思う声が社内であがるようになった。たびたび調査が行われたものの、ペーパーカンパニーを幾層にも重ねた仕組みを前にして、調査を担う今津英敏監査役は途方に暮れた。「以前から『なんだか、おかしい』と思われていたんです。投資活動を本当にやっているのか疑問で。でもなかなかペーパーカンパニーは実態がわからなくて」。怪しげな投資会社がゴーン肝いりで作られ、監査役室が不審に思ったが、よくわからない。

 そんなとき、今津に力強い内部告発があった。今津ら監査役の動きを知った法務担当のハリ・ナダ専務執行役員が17年暮れごろ、「これ以上、ゴーンの不正に付き合わされるのはごめんだ」と、ジーア社のからくりを告白。マレーシア出身の英国人のナダは「この数年間のボスの振る舞いは許しがたい」と皇帝の悪事をぶちまけた。

「ジーア社は投資会社ではありません。投資するはずの資金はゴーンのリオやベイルートの邸宅の購入資金と改装費に使われました」。ジーア社の資金は有望な技術への投資ではなく、ゴーンの住宅費として2700万ドルが流用されていた。さらにゴーンの姉のクロディーヌにも、活動実態がないのにコンサルティング報酬75万ドルを日産から支払っていた。本来開示しなければならない役員報酬を退任後に受領するように装い、90億円以上も隠蔽していた……。衝撃的な内容だった。

「どうしたらいいだろう」とナダから相談を受けた渉外担当の川口均専務執行役員も驚愕した。「まさかここまでとは……」。川口は、検察OBの弁護士に相談した。やがて検察OB弁護士に加え、ナダが懇意にしていた米系のレイサム&ワトキンス法律事務所の弁護士たちの協力を得て、ゴーンの不正行為を詳細に調べていった。

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