「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第27回は、新型コロナウイルス感染拡大で、バンコクで急増したホームレスについて。
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バンコクのソイ・ナナに住む知人がいる。街の様子をときどき伝えてくれる。ソイ・ナナは、バンコク有数の歓楽街。欧米人向けの飲食店や風俗店がひしめいている。いまはほとんどの店がシャッターをおろしている。
5月の連休が明けた頃だろうか。こんな話を伝えてくれた。
「急にホームレスが増えました。それもはじめて路上に出てきたっていう感じで、ただ道端でうずくまっているだけなんです」
タイ政府は3月下旬、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために非常事態宣言を出した。バンコクを中心に感染者が増えていたからだ。夜間外出の禁止、県をまたぐ移動の禁止なども盛り込まれていた。それ以前に、ナイトクラブやマッサージ店は営業できなっていた。飲食店もテイクアウトだけになっていた。日本より厳しい内容である。
当然、失業者が出る。700万人に達するという試算も出ていた。政府は社会保障制度から漏れる非正規や日雇い労働者、アルバイトなどの人々に、月額5000バーツ、日本円で約1万7000円を3カ月間支給するという救済策を出した。
政府はその申請者は約300万人として予算を立てた。が、実際は2700万人を超えた。とんでもない読み違いである。審査は混乱した。
そのなかで、職を失い、住むところもなくなった人たちが路上にねぐらを求めるようになってしまった。
タイ社会では、非常事態宣言の政策のなかで、県をまたいだ移動を禁止したことが多くのホームレスを生んでしまったとみる人が多い。
タイをはじめとする東南アジアの国々は、田舎というセーフティーネットで、これまでの経済危機をしのいできたといわれる。都会で失業すると田舎の実家に帰る。そこに仕事があるわけではないが、農業の手伝いなどすれば生活はできる。それから半年、1年……。回復の兆しが見えてくると都会に戻るという方法だった。