今年1月、脚本家の内館牧子さんが、大相撲初場所の絵番付などを抱えて岩手県大槌町の吉里吉里(きりきり)地区を訪ねた。そこで被災者から見せられたのは、津波を逃れた自著だった。

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 町の方々はすでに避難所を出て、仮設住宅に暮らしていたが、この日はプレハブの集会所に集まって下さった。日本人両大関(琴奨菊と稀勢の里)が並ぶ絵番付と焼酎を飾り、賑やかに話が弾んだ。

 その時だ。関谷晴夫さんとおっしゃる方が、表紙もない一冊の本を出してきた。

「これ津波を逃れたんです。サインして下さい」

 見ると、私の『「横審の魔女」と呼ばれて』(朝日新聞出版)である。あの巨大津波を逃れたというのか。ガレキの中に残っていたのだろうか。どこに打ち上げられたのだろか。私は驚きのあまり、質問することも忘れていた。そして、サインペンを手にしたのだが、町をものみこみ、電車や船をビルの上に押し上げた巨大津波を、この小さな本は逃れて、ここにある。それを見ると手が振るえ、極度の緊張で何とサインの文字を間違えてしまったほどだ。

 住民の皆さんの笑顔は一時的なもので、根本的な解決によるものではない。国の対応はあまりにも遅い。根本的な解決に時間がかかるなら、近い将来のことだけでも明確にできないのか。

週刊朝日 2012年3月23日号