認知症患者の専門病棟で起きる数々の想定外の出来事を描いた本誌連載小説『生かさず、殺さず』。その著者であり医師の久坂部羊さんと、直木賞作家で自らの介護体験を綴った著書も多い篠田節子さん。認知症患者の治療・介護の難しさを知る2人が「老いの現場」の悲喜こもごもを語り合った。
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篠田:久坂部さんの認知症小説3部作、『老乱』『老父よ、帰れ』に比べ、今回の『生かさず、殺さず』は作中作っぽい構成や人物造形が、非常に凝っていますね。特に、好人物の三杉医師を翻弄する元同僚で売れない小説家・坂崎のサイコっぷりが最高でした。
久坂部:両方ともモデルは私なんです。坂崎同様、私もいい作品を書くために認知症専門の看護師のいる病院を取材したのですが、それがもう聞くも涙、語るも涙で。医者は患者を治すのが使命なのですが、認知症の患者さんはそれをわからずに病院に来る。そんな人につらい検査や苦しい治療をしていいのか、現場は悩んでいるんです。
篠田:まさにそのものずばりの現場を7年前、母が慢性硬膜下血腫で入院した折に家族として経験しました。患者の拘束を避けるためには家族が付き添っていなければならず、交代要員もいないので仕方なく昼間の2、3時間を高齢の父に付き添いを頼んだら、看護師さんから「お父様のケアまではできません」と。父自身も足元がおぼつかないうえ、病棟内で迷ったりしてだいぶ迷惑をかけたようです。それで丸々2週間、私が一人で付き添いました。
久坂部:病院にはケガをさせてはいけないという前提があるので、安全性を優先したのですね。患者さん家族はそれぞれがいろいろな事情を抱えています。たとえば90歳を超えて入院した親について、病院にベストな治療をしてほしいというご家族。高齢になったら、がんの診断をしないという選択肢もありますが、どうしても検査をしてほしいとおっしゃる家族がいる。逆に、認知症なので治療しなくていいという人もいます。現場は毎日問題にぶち当たっているのですが、その苦労はあまり伝わっていません。たとえば転倒のリスクを避けるために、ベッドを離れたらセンサーでブザーが鳴る装置をつける。そうしたら、看護師は夜中にブザーが鳴ったらダッシュですよ。一晩中走り回っています。