政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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韓国の財閥令嬢と北朝鮮の将校の恋愛ドラマ「愛の不時着」が日本でも大変話題となっていますが、韓国においても北朝鮮のイメージが一般民衆レベルで変わるくらいのインパクトを与えました。そんな最中に起きた開城(ケソン)の南北共同連絡事務所の爆破。さらに、北朝鮮は「報復」として韓国を批判するビラ1200万枚を散布すると予告するなど、これまでの南北の友好ムードは一転し、一触即発の状況に陥りました。
なぜこのような事態となったのでしょうか。背景にあるのは、新型コロナウイルスによる中朝国境の閉鎖と、米国の大統領選挙が迫る中での米朝関係の塩漬け状態による北朝鮮の困窮です。10月10日には朝鮮労働党創建75周年を迎えますが、南北間の抜本的なインフラの修復、あるいは鉄道を含めた交通網、経済的な支援も進んでいません。ここからも北朝鮮の焦りと疲弊が感じ取れます。
興味深いのは、一連の騒動の前面に立っているのが金正恩(キムジョンウン)氏ではなく実妹の金与正(キムヨジョン)氏であるということです。彼女が前面に出ることによって首脳同士の関係は温存しておく。同時に与正氏を中核的な部分に昇格させる一つの試金石としているのではないでしょうか。
実は、爆破の前日は南北が初めて共同宣言を出して20年となる記念日でした。あえてその日を避け、事前に予告をすることで人命に関わらない形で建物を爆破しています。2010年には、北朝鮮側が無警告で発砲する延坪島砲撃事件がありました。延坪島(ヨンピョンド)事件のように本当に軍事的な暴走であれば、事前に相手側に知らせることはないでしょう。このことからも現時点での北朝鮮は注意深く韓国を挑発していることが分かります。韓国は難しいかじ取りを迫られますが、硬軟織り交ぜて対応するのではないかと思います。
「愛の不時着」の主人公の2人がロマンスを誓える場所として選んだのは北朝鮮でも韓国でもないスイスでした。あれはフィクションですが、時代を先取りした面があります。まだ機は熟していませんが、南北の進む道はスイスのような永世中立国ではないかと思うのです。結局、南北関係は平和的なところに戻るしかないのですから。
※AERA 2020年7月6日号