ところが、桜井の場合、いくら好奇心や実行力があっても、一度やって面倒だとわかったらその本能的な欲望を抑え込み、もう繰り返さないというスタンスに思える。いわば「欲望よりも面倒が勝つ男」なのだ。これは広い意味での「理性」だが、具体的には「危機察知能力」だろう。
タイアップが得意なのも、こうした個性と無縁ではない。彼はたとえ自由でもゼロから作り出すより、制約のあるタイアップのほうが意外と面倒ではないことを知っているのだろう。ミスチルのブレーク作といえば、シングル4作目の「CROSS ROAD」だが、これはドラマ「同窓会」(日本テレビ系)の主題歌でもあった。初回放送分の台本を読んで、ツアーの合間に作り上げたときには、
「ついに100万枚セールスする曲ができた」
と、叫んだという。その言葉はやがて、現実となった。これを皮切りに「若者のすべて」「ピュア」「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」(ともにフジテレビ系)「14才の母」(日本テレビ系)といったヒットドラマの主題歌を手がけていく。その物語のコンセプトを的確に取り入れつつ、ミスチル独自の楽曲に仕上げる手際のよさは、職業作家も顔負けだろう。
シンガー・ソングライターとしての欲が強すぎると、なかなかこうはいかない。タイアップでは、そんな欲を上手にコントロールできる人なのだ。
そこで比較してしまうのが、長年の好敵手・槇原敬之である。こちらの場合、タイアップでも我欲を感じることがちょくちょくある。思えば、繰り返した失敗が「クスリ」だったのも象徴的だ。これは「不倫」などと異なり、個人的なスリルを求める快楽という面が大きい。槇原はそういうものに忠実なタイプなのだろう。
もちろん、両者の違いは単純に論じられるものでもない。ただ、桜井が関わった今回のチャリティー企画は、ジャニーズとのつながりでいえば、槇原がやっていてもおかしくはなかった。欲望を抑え込むことの大切さと難しさ、ふたりの明暗はそれを改めて痛感させる。
●宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など