港に戻ると、船主らしい台湾人がいた。
「与那国島? すぐだよ。この舟で5時間ぐらいかな。見える? ここからじゃ見えないよ。見たっていう話を聞いたことがない」
「向こうからは見えるんです」
「……?」
大きな島から小さな島は見えない。
そういうことだろうか。
再び高台にのぼった。やはり見えなかった。
終戦後、蘇澳と与那国島の間を、密輸船が頻繁に行き来したことがあった。台湾から米や砂糖、薬などが小型船に積み込まれた。与那国島に届いた物資は、沖縄本島を経由し、大阪や神戸に運ばれ、闇市を支えたという。
沖縄では、6年ほど続いた密貿易時代を景気時代と呼ぶ。
今回は与那国島の西端にある久部良の民宿に泊まった。密貿易時代の痕跡はなにもない。台湾から与那国島が見えないかのように、あの時代も消えている。