「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第28回は、日本の最西端の与那国島から見える風景について。
* * *
「晴れた日は向こうの島が見えるさー」
この言葉に悩み続けてきた。
日本の最西端、与那国島である。新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための国内移動自粛が解けた6月末、与那国島に渡った。
島の最西端に向かった。ときおり台湾が見えるからだ。丘にあがったが、台湾はやはり見えなかった。
10年ほど前にも与那国島を訪ねている。そのときは先に、島の東端にある東崎展望台に立った。晴れた日だった。
「ほら、あそこに西表島が見えるでしょ」
目を凝らす。なにも見えない。
「ほら、あの波の間」
「あの小さな岩?」
「そう、あれが西表島」
それは島というより岩礁のように映った。距離は85キロほど。これだけ離れると、島は波に隠れるほどのサイズになってしまう。いわれなければ、それが島だとはわからない。
「島の西側に行けば、晴れた日には台湾が見えるよ。台湾は大きいさー」
西端にも行ってみた。なにも見えない。訊くと、台湾が見えるのは年に数回らしい。
翌日、用があり、与那国町役場を訪ねた。町長室の脇にある応接室に通された。そこに1枚の写真が掲げてあった。
「これ台湾ですか?」
「そうですよ。島の西端からの写真です」
「こんなに大きいんですか」
まるで大陸のようだった。台湾を貫く中央山脈が連なっている。最も近い台湾の蘇澳(スーアオ)までの距離は111キロといわれる。目と鼻の先に台湾がある感じだ……。
蘇澳──。晴れた日だった。台湾在住の知人を通訳代わりに港や高台を歩きまわる。停泊していた漁船の船員たちはほとんどがフィリピン人やインドネシア人だった。高台にあがって目を凝らす。なにも見えない。与那国島から西表島を見たときを思い出し、視線を集中させる。見えない。