ここで派遣と書きましたが、正確には医局をふくめ、どんな企業も医者を派遣することは法律上できません。派遣ではなく紹介です。勤務先の病院を紹介するだけになります。

 つまり、医局は所属する医者に転勤先の病院を紹介しますが、最終的に転勤するかどうかはその医者が決めることです。

「白い巨塔」が書かれた頃の医局は医者に対しとても強く、医者は医局が紹介する病院に必ず転勤しなければなりませんでした。しかし、医者の働き方も自由度が高くなってきた今、医局が紹介する病院に異動しない医者も増えています。そもそも、医局には医者を派遣する強制力がないのですから当然といえば当然です。

 この状況に困ってしまったのが、医局から派遣してもらった医者で成り立っていた地方の病院です。医者不足に直面し、自ら医者を募集するか高額な紹介料を払い「医者を紹介する企業」に依頼するなど、新しい方法で医者の確保に奔走しています。

 地方の医療はこれまで、医局が持つ権威性と医者それぞれの使命感で成り立っていたのですが、それが崩壊しつつあります。

 さて、医者の転勤に話を戻しますが、医局が担当する地方の病院の医者が開業することになったとしましょう。そうなると、その医者の穴を医局で埋めることになります。大学に所属する医者の誰かに異動してもらうか、ほかの病院に勤務する医者に転勤してもらうかしかありません。穴ができたところを埋めるために医者が異動し、結果としてできた穴を埋めるために新しく医者が転勤する。その結果、転勤は玉突きで起こります。

 このように、大きな病院に勤務する医者が数年で転勤する事態は毎年全国的に起こります。

 転勤は患者さんだけでなく医者もつらいものです。ずっと見てきた患者さんと離れるわけですから心配もありますし、申し訳なさもあります。さらに、金銭的にもつらくなります。

 あくまでも医局の紹介で転勤するわけですから、ほとんどの場合引っ越しの費用は出ません。すべて自腹です。引っ越しを繰り返すたびに貧乏になります。また、若いうちは病院と日雇いの契約を結ばれていることも多く、退職金もでません。

 以上、今回は医者の転勤について簡単に背景を説明しました。転勤制度に限らず、医療は看護師を含む医療従事者の我慢や善意でなりたっている部分が多々あります。新型コロナウイルス対策でいま、病院に勤務する医療従事者は疲弊しつつあります。使命感だけで働く医療従事者が今後燃え尽きてしまわないように、国がしっかりとサポートしてくれることを切に望みます。

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大塚篤司

大塚篤司

大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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