1本目の舞台は山田太一さん脚本の『日本の面影』。ラフカディオ・ハーンの役で、紺野美沙子さんと夫婦役の重厚な作品です。2年前に初演をした作品の再演だったこともあり、台詞は体のなかに入っていました。それもあって、三谷さんの舞台をお引き受けしたのです。というのも、台本を初めて読んだとき、
「他の人にやらせたくないな……この役は!」
と、瞬間的に感じたから。心がざわざわ騒いだのは何十年ぶりだったことか。とにかくホンの面白さに引き込まれました。元来、台本をざっくり初読みしたときの直感を大事にしているので、「この作品は、やらなくては」と意を決したのです。とはいえ、『日本の面影』の直後に『君となら』の稽古が控えていたので、うまく頭を切り替えることができるか不安もありました。
それが、それが。台本を読めば読むほど、ストンと腑に落ちました。なぜなら、ホン通りに演じればいい、そうわかったからです。三谷さんの台本は、役者が観客を笑わせようと構える必要はありません。ただ、淡々と取り組むだけでいい。淡々と演じるだけで、面白くなる。「あえて“20年前の日本のお茶の間”にこだわった演出」と三谷さんが言われたように、卓袱台センスのホームコメディーです。僕の役どころである下町の床屋の親父、小磯国太郎は、パジャマに始まりパジャマに終わる。娘の70歳の恋人ケニーに右往左往しながら、彼の本名が「諸星賢也」だと知り、思わず娘に言うのです。
<おい、お母さんはきっと草刈正雄をイメージしてるぞ!>
ウケました。毎回、ウケました。
この台詞は、初演から変わっていません。つまり、僕のために書かれたのではなく、世の中の“草刈正雄”的なるものを床屋の親父が娘に忠告しているわけです。が、あえていうなら、この台詞は僕のためになった。客席は大爆笑です。なにしろ、本人が言うのですから。新しい自分を引き出してもらいました。
これぞ、三谷マジックです。役者が無理をする必要がないのです。たぶん、三谷さんは役者というものが大好きで、じつによくよく観察されているのではないか。こういうことをこの役者に言わせれば面白い。それが、台詞になっている。だから、僕は自然にストンと昭和のオヤジになれたのです。