展示の場を館外へ移行する試み
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森美術館では「六本木アートナイト」など、地域コミュニティーとのつながりを生かしたイベントを行っている。また国立科学博物館でも、子ども向けのワークショップを実施するなど、社会との接点を強化していた。リアルなつながりを重視する両館のこれまでの姿勢は、今どう変わっているのだろうか。
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片岡:11年前から行っている地域イベント「六本木アートナイト」は今年、人と人との接触が課題となっている状況下で実施が難しいという判断で中止になりました。ただ、作品の国際間輸送や人の移動に制限が続く中において、「地域コミュニティー」への関心は世界的にも改めて高まっているように感じます。

私はいま、地元住民の直接的な参加ではなく、地域の歴史を掘り起こし伝承していくような、リサーチ型のプロジェクトに可能性を感じています。そして、そうした作品が地域コミュニティーとも共有されるように、公開する場所を美術館内に限定せず、街中で自由に見られるような場所、あるいはオンライン領域で公表する、など新しいつながりの形が模索されると感じています。

林:私たちは休館中に「かはくVR」という3DビューとVR映像による展示鑑賞プログラムをオンラインで発表しました。実は、新型コロナが発生する前から計画していたプロジェクトなのですが、例えば館内では見ることができない角度から恐竜を鑑賞できたり、普段は目に留まらない天井の装飾の美しさに気づくことができたりと好評でした。私たちとしても、実際の科博にまだいらしたことがない方々の感想や意見を聞くことができた点で、とても有意義でした。

また6月末には、未就学児とその保護者を対象にした展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」(2020年9月現在閉室中)で開催しているワークショップをオンラインで行いました。今回初めてオンラインの場で行ってみたのですが、子どもたちは全く尻込みせずに質問をしたり、工作をしたりして積極的に参加いただけることを知りました。いずれも、新型コロナの影響で得た気づきです。
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Googleがオンライン上に展開する「Google Arts & Culture」では、世界の美術館や博物館の作品を、オンラインで、しかも無料で見ることができる。絵画や彫刻は自宅で鑑賞できる時代、美術館や博物館の意義はどこにあるのだろうか。両館は、いずれも「本物を見る」ことに価値を置きつつも、それぞれの方向性は少し異なるようだ。森美術館は「リアルでの体験をより精鋭化」し、国立科学博物館は「バーチャル空間でより幅広い接点をもつ」ことを念頭に置いている。
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片岡:外出自粛が続き、外部とのつながりがオンラインに限定されがちな状況下で、美術鑑賞のために多くのコンテンツがオンライン上で公開されました。今後もこのようなコンテンツは拡充されていくと考えられますが、その分、美術館でのリアルな体験には、バーチャルでは体験できないもの、例えば、本物を直に見ることによる素材感、筆触、あるいは大空間のスケール感などは重要な要素になってくると思われます。また、キュレーションされた展覧会は、全体が一つの物語、ドラマのように構成されているため、展覧会の包括的な体験としても、リアルな空間が優先されるのではないでしょうか。

また100年に一度と言われるパンデミックを体験した後では、人間の命、生と死、存在とは何かといった根源的な問いについて考えざるを得ません。美術作品に限らず、演劇、文学など広く芸術作品はこうした課題を考えるための示唆にあふれており、日常生活を持続していくという直接的かつ社会的、経済的な側面と並行して、芸術体験をすることの意義は大きいでしょう。

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