元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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これが例の「お盆・小」定食。お盆が小さすぎて飯と汁がデカく見えるがそれは目の錯覚(写真:本人提供)
これが例の「お盆・小」定食。お盆が小さすぎて飯と汁がデカく見えるがそれは目の錯覚(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 社会人になり一人暮らしを始めて30年以上になるが、案外物持ちの良いタイプらしく、ほぼ30年間つき合っている家具やら道具やらが幾つかある。

 その一つが、折りたたみ式の木のちゃぶ台だ。

 駆け出しの頃勤務していた京都の中古家具屋で手に入れた、おそらくは昭和初期のもので、確か4千円だった。以来、健やかなる時も病める時もともに過ごした配偶者レベルの相棒である。だが寄る年波には勝てず、天板は三つに割れ、足を支えていた釘も緩み、ついに崩壊寸前に。さりとてここまで共に生きてきたものを捨てるなど考えただけで頭にドナドナが……。なので案外必死になり、このような低級家具を修理してくれる有り難いお店を探し出した。

 ハゲた天板の塗り直しもお願いしたところ、かなりの大修理となり提示された修理代は2万円。迷わずお願いする。4千円のちゃぶ台を2万円で直すとはこれいかになどとは露ほども思わず。配偶者が瀕死の病で手術するとなればごちゃごちゃ言うてる場合ではない。

 というわけで入院半月と相成りまして、その間我が家から机が消えた。仕方なく、小さなお盆が食卓代わり。まーこれが小さすぎて何も乗りゃしねえ。茶碗一杯の飯、小さな椀に味噌汁、小皿の漬物で満員。味噌汁をでかくしたり、奴を添えたりもできぬ。修行のごとき食生活である。

 ところがですね、これで案外満腹なのであった。ずっと「味噌汁・大」さえあれば十分と思っていたが「小」でも全くいけたのだ。それに、ちゃぶ台がないと部屋が広いったらなかった。これまで「会社を辞めて小さな家に引っ越して……」などと自慢げに語っておったが、小さいどころか宇宙のごとく広い。意味なくデンぐり返しなどしてみる。身にあまる広さである。

 ふと思う。いずれは最愛のちゃぶ台も卒業し、もっと小さな部屋で、お盆だけで生きていく日が来るのやもしれぬ。もっともっと身軽になって、その挙句に死んでいく。まるでの如く。それは究極の理想である。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2020年10月12日号