学生時代、いちばん「楽しい」と思えたのが、オペ室での実習だった。

「臓器を実際に目で見て、触れ、病気を取り除くことができる。そこに達成感と充実感を感じました」

 大学を卒業し、研修医に。改めて「手術ってすごい」と実感した。

「検査して予測を立て、手術で悪いところを切除し、患者さんが回復し元気に退院していく。その経験や知見を、次に同じような患者さんが来たときにフィードバックできる。内科でも同じですが、外科はより直接的に実感できるのです」
 
 さまざまな症例や手術に向き合う中で、さーたり医師は消化器外科、なかでも肝臓・胆嚢(たんのう)・膵臓(すいぞう)を専門に選ぶ。理由は「難しいから」。ほかの臓器は経過の予想が比較的立てやすいのに対し、肝・胆・膵は治療計画も患者一人ひとりに考えなければならない上、術後管理もまったく気が抜けない。「なんて難しいんだろう」と感じていた矢先、祖母が膵がんで倒れた。がんの中でももっとも予後が厳しいとされ、身内からいろいろ聞かれてもうまく答えられない自分が、もどかしかった。

「だからこそ、しっかり勉強すれば、医者として患者さんの役に立てるのではないかと考えたのです」

■命には限りがあると気づいた転機。やりたいことは全部やる!

 医師5年目の30歳のとき、同じく肝・胆・膵の外科医の同僚と職場結婚。夫は子どもを望んだが、目が回るほどの多忙な毎日に「『いつか』は産みたいけど、『今』はそのときじゃない気がした」。
 
 ところが、転機は突然訪れる。交通事故にあってしまったのだ。混濁する意識の中で思い出したのは、研修医時代に出会った同じ年の患者で、若くして亡くなった女性の言葉だった――”やりたいことをやんなくちゃ、もったいないよ”。

「命に向き合う仕事をしていながら、自分の命に限りがあることをすっかり忘れていた。事故にあってようやく気づいたのです。仕事も出産も子育ても、やりたいことは全部やろう―。そう心に決めました」

次のページ
事故の影響でできた時間に「ペンを握ってみよう」と