その会見とは、今年2月29日。新型コロナウイルスの感染拡大への対応のため、安倍晋三首相(当時)が自ら全国の小中学校などに一斉休校を呼びかけた通常の総理会見だった。
その日、いつものように一方的に会見を終えて降壇する安倍首相に、会場の記者から「まだ質問があります」と声が上がり、これをきっかけに、事実上、官邸が差配していた首相記者会見が、差配不可能になってしまう。その後、コロナ対策を理由に、会見に出席できる記者の数を制限するなど、官邸は徹底して首相と記者との一対多数での会見を拒み続けている。この政府関係者はこう続ける。
「そもそも、内閣総理大臣になる野心はなかったと公言している菅首相は、歴代総理のように時に権力の凄みをむき出しにして記者を論破し、ある時は言葉巧みにけむに巻くという術を持ち合わせていない。あるのは官房長官として、総理への批判をかわし守る側の経験。自らが最終責任者として矢面に立ち、有権者を納得させる言葉を持ち合わせていないと自覚し、周囲にもそう漏らしているんです」
グループインタビューという形式は、菅首相の本音を忖度した官邸の奇策だった。だがその中で飛び出した「私はリストを見ていない」は致命的な失言だったと、ある自民党幹部は言う。
「一国の首相の言葉としてはあまりにも不用意すぎる。首相が見ていないのであれば、誰がそれをリストから削除したのか。その理由を必ず文書で上げるので、その文書を出せと野党は追及するに決まっている。26日から始まる予算委員会を前に格好の攻撃のネタを与えてしまった」
火に油を注いだのは、菅首相を守る防波堤の立場にある加藤勝信官房長官だった。
定例記者会見で「決裁文書に(105人の)名簿を参考資料で添付していた。その資料を詳しくは見ていないということを指しているのだろう」と、安倍政権時代から質問の回答に窮した時の常套手段でもある「ご飯論法」を使ってごまかしたのだ。この対応には、自民党内からも苦言が相次ぐ。稲田朋美・元防衛大臣は「こういう判断基準で任命しなかったという説明は必要だ」と記者会見で発言した。(編集部・中原一歩)
※【任命拒否は「安倍案件でもある」と専門家 前政権から引き継いだ「体質」と「影の実力者」】へ続く
※AERA 2020年10月26日号より抜粋