延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー
映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』 (c) 2019, Hatch House Media Ltd.
TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、トルーマン・カポーティについて。
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僕はラジオ育ちだから声色で真実の度合いがわかる。映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』の証言者の「声」から、カポーティの生きた当時のアメリカそのものが浮き上がってきた。
トルーマン・カポーティは、村上春樹さんが訳した『ティファニーで朝食を』や『クリスマスの思い出』(山本容子さんの銅版画)の作家として知っていた。『クリスマスの思い出』(文藝春秋刊)のあとがきで、春樹さんは「カポーティの文章的才気を余すところなく発揮した淀みのない、美しい、歌うがごとき文体」と書いている。僕は「弱者であり、貧しく、孤立している」登場人物たちとの無垢な友情に触れたくて繰り返し読んだが、今回の映画には少なからずショックを受けた。テレビ番組のトークショウでの過剰なふるまいとパーティ好きなスノビズム。「一口のシャンパンと世間話」と「噂と秘密話の交換会」に毎夜いそしむカポーティのいったいどこに「イノセント=無垢」があるのだろう。
「私はアル中である。私はヤク中である。私はホモセクシュアルである。私は天才である」。これが本作のキャッチコピー。
ローレン・バコールやノーマン・メイラー、ジェイ・マキナニー、NY社交界の女王といわれたバーバラ・ペイリー、他にアンディ・ウォーホル、ダイアナ・ロスら綺羅星のような当時のアイコンが登場する。監督のイーブス・バーノーにいたっては、オバマ前アメリカ大統領と元ファーストレディのミシェル・オバマのソーシャル・セクレタリーだった。監督本人に「そんな立場から見るカポーティをどう思った?」と訊くと「何しろ黙っていられない、何でも喋る。だからミシェル(・オバマ)には絶対会わせられないな」とZoom画面で笑った。そんなカポーティの隠された孤独が徐々に浮き彫りになっていく構成については、「そこが一番苦労した。その本性を求めてタマネギの皮を1枚ずつむいていった。孤独への伏線を慎重に張りながら。すぐにわかるのではなく、結果として最後に出てくるイノセントを味わって欲しかった」。
「証言者にインタビューした録音テープは素晴らしい贈り物だった。ローレン・バコールやノーマン・メイラーの肉声を観客に聴かせたかったのだ」と監督が語った。
「私はカポーティに会うのが待ち遠しかったの。彼の知性が私を高めてくれた」とローレン・バコールが言い、ノーマン・メイラーは「ゲイの王子」と呼びながらも「何より文章だ。最高に素晴らしい」と褒めた。その言葉から、二人がカポーティの理解者だったとわかる。「僕は愛されていない。みんな僕の姿を見てギョッとする。だから僕はばかみたいに騒ぎ、キーキーわめいてやる」
叫びともとれるカポーティの甲高いモノローグが心に残った。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2020年11月27日号