カップルカウンセラーの西澤寿樹さんが夫婦間で起きがちな問題を紐解く連載「男と女の処世術」。今回のテーマは「痛みと向き合うこと」。夫婦間でトラブルを抱えた方はもちろん、これから抱えそうな方も必読の内容です。
* * *
また漫画の引用になりますが、『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』という漫画に、芸大生である妻が、中高校生ぐらいの時でしょうか、家族旅行で行ったルーブル美術館でサモトラゲのニケの像の前で止まってしまって、何時間も見とれていたというエピソードがありました。
「時間をかけて向き合ってわかることがある」ということらしいのですが、それを読んで私の頭の中でつながったことがあります。
一言でいえば、夫婦もそうだな、ということですが、ちょっと遠いところから話を始めます。
心理療法理論なのに、心からではなくて体からアプローチする臨床動作法というユニークな理論があります。
その前提となる考え方を私なりにざっくりまとめると、その人の体の使い方と心の使い方には同じ構図がある。だから形がなくてわかりにくい心の使い方よりも、わかりやすい体の使い方に注目したら人の心の使い方を理解しやすいし、体の使い方を変えれば心の使い方に変化をもたらすことができる、という考えです。
そんな非科学的な、と思われる方もいるかもしれませんが、臨床心理学の世界ではその発想はそんなに突飛ではありません。
心理療法の祖であるフロイトが発見したとされることの一つは、患者が悩んでいる生活上の問題(=患者サイドの心の使い方に起因する)は、治療室において治療者との間でも再現するから、治療室においてその構図を変えることに成功すれば、その患者は社会でも心の使い方を変え、結果問題が解決する、という考え方に立っています。
人間の精神活動には、そうした相似形の構図が多数見受けられるのです。
臨床動作法を心理療法として使うときは、「課題」といわれる動きを指示してクライアントさんにしてもらいます。課題というぐらいなのでできそうに見えて、実は簡単にはできない内容です。
例えば「あぐらで座って前屈」という課題は、背中の軸を真っ直ぐにしたまま、股関節のみを折って前屈します。やってみればわかりますが普通はできません。どうしても曲げること自体を目標にして背中を丸めたりしてしまいがちですが、ポイントは頭をどこまで床に近づけられるかではありません。課題の指示をごまかさない限り、これ以上動かないところまで来た時に体のどこかに痛みが出るはずなので、その痛みに向き合う体験をすることです。これが自分の内面に向き合う体験と同じ構図なのです。
実のところ、痛みに真っ直ぐ向き合う人はほとんどいなくて、通常はその痛みに対処(つまるところ、課題の指示のどこかをごまかすことになります)しようとしたり、痛みを感じないようにしたり、またはそもそも痛くなるようなことからあの手この手で逃げようとしたりします。これは心の痛みに対しても同じで、人は体の痛みに対しても心の痛みに対しても同じ自分の方略を用います。