泣いていたようにも見えたという。心を動かされた3年生は再びグラウンドに戻った。中島氏はその後の木内さんの選手に接する態度に変化を感じ取った。

「木内さん自ら、私や他の選手に、この相手にはどういう作戦が良いかと考えを聞いてくるようになりました。突然、『大人』として扱い始めてくれたことで、不思議と自信が湧いたんです」

 夏の甲子園では、宿舎の予定表に「自由」と書き込み、大会中に選手たちを海水浴に行かせた。宿舎にはコーラなどのジュースが大量に置かれ、夜は選手たちがカラオケ大会。チェッカーズや吉川晃司を歌い、下級生が「バックダンサー」で踊るドンちゃん騒ぎ。宿舎を訪れるファンの女子生徒たちには、選手と話せる時間をロビーに張り出し、選手らは女子たちとしゃべって浮かれた。

 型破りの全国制覇。

 ただ、中島氏も下田氏も、大人になってから気づいたことがある。

 中島氏は東洋大進学後、常総学院の監督に就いた木内さんに請われ、同校のコーチを務めた。木内さんの意向もあり選手には厳しく接した。

「ところが、夏の甲子園予選が始まる1カ月ほど前、木内さんが突然、『今日から怒っちゃだめだよ』とコーチたちに指示したのです。その時、なぜあの夏の予選前、僕たちへの態度が変わったのかを知りました。ここからは自信を付けさせる時期だと最初から決めていたんですね。木内さんは高校生だった僕たちの思考回路や行動パターンを把握しきっていたのだと思います。甲子園の宿舎でも、僕らがカラオケをやる時間にはいつの間にか『席を外して』いました。缶詰め状態の僕らがストレスをためないために、宿舎をあえてあの状態にしたんです」

 ひどい言葉をかけられ一時は退部を決意した小菅氏は、夏はレギュラーを勝ち取った。下田氏も苦笑いする。

「木内さんは小菅が実力で這い上がることをわかっていて、あえて厳しい言葉をぶつけながらその時を待っていたんです。吉田を抱きしめて泣いたのもヤンチャな僕らを一つにするためのタヌキ芝居。最初から最後まで、木内さんの手のひらに乗って、うまい方向にもっていかれたということです」

 26日、下田氏ら同級生は木内さんの自宅を訪ねた。私生活のことは全然知らなかったが、実は大の巨人ファンで、巨人が負けると機嫌が悪くなるという笑い話を、遺族から聞かされた。

 恩師は以前よりも引き締まって、今にもしゃべり出しそうな、いい顔だったという。(AERAdot.編集部)

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