皇室の中で守られている人生から、好奇な関心で消費されていくかもしれない人生に踏み出していく勇気は、どれほどのものだろう。雅子皇后とは全く違う覚悟を求められる結婚のあり方であっても、やはり今の皇室の制度が、女性に厳しい設計になっていることは変わらない。

 先日、19歳の誕生日を迎えた愛子内親王の映像が流れた。愛犬と並び笑う姿に、女性だから味わう痛みを、もうこんな若い女性たちに強いてほしくないと思う。男性のみが天皇になると明文化されたのは、明治以降の話だ。皇室に入るのも出るのも、長に立つ権利も含め、女性に負荷のかからない制度設計に変えていくことが、これから求められていくのではないだろうか。もちろん天皇制そのものの是非を問う声もあるが、今は目の前の不幸をこれ以上放置できない状況だと、眞子内親王の必死の“お気持ち”が悲しく響いた。女性が不幸に見える社会は続かない。

 今回、眞子内親王の必死なお気持ちを読みながら、そういえば黒田清子氏の「お気持ち」を聞いたことがなかったなと、改めて思った。山口百恵さん的に一切の表舞台から引退され主婦生活を謳歌していると思われているのであろう黒田清子氏は、2017年に伊勢神宮の祭主に就かれた。その年の10月に行われた神嘗祭の儀式を伊勢神宮で見る機会があったのだが、男性しかいない神職の先頭に立ち威厳を振るい、儀式を進行する黒田清子氏はハッとするほど小さい方だった。神嘗祭の儀式は深夜におこなわれる。森の暗闇、焚かれた赤いたいまつのもとで魔術的な神秘の儀式の先頭に立つ小さな女性のことを私は……そして多くの国民は何も知らないのだということを、その横顔を見つめながら突きつけられた。皇室を出ても一般人になどなれず、このような重責を背負いながら多くは語らない元皇室の女性。そういう意味で、眞子内親王が結婚へのお気持ちを語り始めたのは大きな変革なのかもしれない。

 眞子内親王の結婚がどのように歴史を変えるのか。それはまた30年ほど待たねばいけないのかもしれない。ところで小室圭氏の母親と文仁親王妃は同じ1966年生まれだ。「丙午(ひのえうま)に生まれた女は夫を食い殺す」という迷信のため、この年の出生数は前年に比べて25%も少なかった。さすがに次の2026年の丙午で出生数は下がらないだろうが、80年代くらいまでは「丙午の女は~」ということが普通に言われていた。強い女が危険視され、産まない選択をする人が少なからずいた時代を歩んできた文仁親王妃と小室佳代氏。息子を産んだことで、大きく人生が変わった女性2人の姿も、男性ではあり得ないこの国の女性の生き方を私たちに突きつけるのだ。

 皇室の女性たちは、なぜか私たちを饒舌にする。それは、そこに極端に凝縮された女性の生き難さが見えるからかもしれない。

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

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