■青森県初記録&北限記録更新のヤリマンボウ

 インターネットでさらに情報を集め、各方面に連絡を取った結果、本個体は幸運にも計測されており、全長約120cm、体重約70kgであることがわかった。本個体の情報がある程度集まったので、今度は宮城県・秋田県以北のヤリマンボウの記録がないか改めてネット検索や文献調査を行った。その結果、岩手県の記録が新たに見つかったが、北海道の記録は見つからなかった。よって、本個体はヤリマンボウの青森県初記録かつ日本近海における北限記録更新となった。生物の分布範囲は基礎的知見なので、この北限記録更新は魚類図鑑にも大きく貢献する。

 論文化を進める中で、座礁1日後と3日後の写真を見比べると、座礁3日後の写真は体に複数の孔が開いていることに気が付いた。この孔は上述の以前の記事で書いたハシブトガラスが突いた痕によく似ていたため、本個体も何かしらの鳥類に突かれたのではないかと推察した。また直接的な座礁原因は不明であるものの、座礁前日の海面水温はヤリマンボウの好適水温より低かったことから、低水温が座礁を導く一因となった可能性が示唆された。これらの情報は2020年12月1日に論文として出版されたので、詳細を知りたい方は記事末の参考文献をググってほしい。

■魚類の小さな発見を蓄積する新しい査読付きオンライン和文雑誌「Ichthy」

 本論文は今年新しく創刊された雑誌「Ichthy」から出版された。本雑誌は和文のみであるが、一般的な魚類系科学雑誌としては小さすぎる新知見として掲載されないような発見や研究成果を蓄積することを目的にしている。近年は科学雑誌もオンライン化して出版速度が速くなってきたが、従来は投稿から査読を経て出版されるまで、1年以上かかることもよくあった。今回、私が出した分布の新記録の論文も1年後に出版されると速報感が薄れてしまう。それを考えると今回、投稿から査読を経て出版されるまで1週間程度だったのは驚異的スピードだった。小さな発見の論文化を推奨する雑誌ができたことで、市民科学者からの投稿も期待でき、国内の魚類研究はこれからさらに盛り上がっていくのではないだろうか。

 今回フォロワーさんからもたらされた情報が新たな分布記録発見に繋がったように、一般の人も巻き込んで、全国に科学の眼を増やすことは重要だ! これから冬の季節は様々な海洋生物が座礁しやすい。マンボウ類の座礁を発見した際は私に連絡を頂けるとうれしい。

【主な参考文献】澤井悦郎.2020.写真に基づく青森県初記録および北限記録更新のヤリマンボウ.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 3: 5-9.

●澤井悦郎(さわい・えつろう)/1985年生まれ。2019年度日本魚類学会論文賞受賞。著書に『マンボウのひみつ』(岩波ジュニア新書)、『マンボウは上を向いてねむるのか』(ポプラ社)。広島大学で博士号取得後も「マンボウなんでも博物館」というサークル名で個人的に同人活動・研究調査を継続中。Twitter(@manboumuseum)やYouTubeで情報発信・収集しつつ、来年以降もマンボウ研究しながら生きていくためにファンサイト「ウシマンボウ博士の秘密基地」で個人や企業からの支援を急募している。

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