「なぜだかわからないけれど、あの時は咄嗟に、僕とつき合えなんて言ってしまったんです。僕って男は、時々そういうことをやっちゃうんだな」

 上野は九州の出身で、東京の私立大学の卒業。父親はすでに亡くなっているが、国鉄の車両工場の工場長まで務めたエリートであり、彼女の肩書きや出自を聞いて引け目を感じなかったのは、この父親のおかげでもあった。

 あの雪の日からすでに、7年の歳月が流れた。

 上野と彼女は、いまだにほぼ毎週末デートを重ねている。好きな歌手のコンサートに出かけたり、酒を飲みに行ったりして楽しくつき合っている。

 ふたりの結びつきを堅固なものにしたのは、彼女の父親の突然の死だった。出会ってまだ1年も経たない頃だったが、あっけない事故死だった。上野は例によって、仕事を放り出して葬儀に駆けつけ、そして何くれとなく彼女の世話を焼いた。親戚が「あの男は誰だ?」と訝るほどの働きをしたが、そのなりふり構わなさが、最愛の父親を亡くした彼女の心を深く捉えることになった。

 そして上野はいま、彼女との関係をどうするべきか悩んでいる。

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