昔、沖縄に演劇のワークショップに行った時です。夜、接待の席で「明日、釣りに行きましょう」と言われました。せっかく沖縄に来たんだから、行ってみたい気持ちもありましたが、それより「みんな良い人だから、僕に気を遣うだろうなあ。釣れなかったら、必死になってなんとかしようとしてくれるんだろうなあ。なんだか、気が重いなあ」という気持ちの方を強く感じました。

 が、せっかくの提案を断ることができず(僕も気を遣ったわけです)、翌日、朝6時にホテルを出て、港に行きました。昨日、飲んでいたのは僕を含めて3人でしたが、用意された船には、他に5人ほど、参加者がいました。みんな、「沖まで行くのは久しぶりさ~」とか「楽しみさ~」と満面の笑みでした。

「鴻上さんにマグロを釣って欲しい」という気遣いで、船は2時間ほど遠出しました。2時間、小さな船で揺られ続けたので、僕は完全に船酔いしました。

 船の縁につかまり、海に向かって吐きに吐いた後、釣りポイントに着いても、寝たまま、まったく動けませんでした。

 でも、他の人達は、実に楽しそうに釣り始めました。船酔いの朦朧とした頭でも、わいわいがやがやと楽しそうな声を聞くのは、実に爽快でした。

 もし、この時、沖縄の人達が「鴻上さんがグロッキーだから、釣らないで帰ろう」とか「楽しむのは我慢しよう。さっさと釣って、早く帰ろう」なんてことになったら、僕は申し訳なくていたたまれなかったと思います。

 そもそもの始まりは僕の接待でも、今、みんな、実に楽しそうに釣りをしている。心から釣りを楽しんでいる。そう感じると、僕の心はどんどんとほぐれ、でも船酔いで体は動けませんが、楽になっていったのです。

 相手を楽しませるためには、自分も楽しむことが大切という、当り前のことを教えてもらったのです。

 東京でも、たまに、本当にたまに、リラックスしたまま接待してくれる人がいました。僕の食事の好みを聞いた後、自分の好みもちゃんとオーダーし、僕に合わせた話題のはずなのに、実に楽しそうに話す人です。相手がリラックスしているので、僕もいつのまにかリラックスするのです。

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