この年になっても自分を客観視できません

 いわゆる「人たらし」と呼ばれるタイプの経営者がいる。取材前に同社の社員は言った。

「うちの社長はカッコいいんです。カッコいいうちの社長を読者のみなさんに知ってもらいたいんです」

 ベテランの男性社員にそこまで言わせてしまうトップだが、自分の話となると口幅ったくもなる。

「客観的に見られてしかるべき年代なんでしょうけど、まだまだ成熟し切れていないようでして」

 そんな廣田に30代ビジネスパーソンへのアドバイスを尋ねてみた。

「仕事でもプライベートでも変化の多い時期ですよね。責任がある分、吸収の仕方も20代とはまた違ってくる。いかに一日24時間を48時間にできるかって考えることが大切な年頃だとも思うんですよね」

 言った後、いや、どうも散文的な感じでよくないなと独りごちた。

 自身の30代は三菱商事でロンドン支社に赴任していた。ベルリンの壁が崩壊し、中東でクウェート侵攻が勃発した時代に欧州や中東、アフリカへと出張を重ねる毎日だった。

「生意気でしたし恥ずかしいことばかりでしたが、激動の時代を目の当たりにし『こうやって世の中は動くんだ』と実感した記憶があります。そうして、いまもまた激動の時代ですからね。キザなことを言うと、人生って諦めることの連続でもあるじゃないですか。僕だって選択のなかで諦めてきたことはたくさんあります。けれど、30代ってまだまだ諦めきれない年代だとも思うんです。だから、やっぱり生意気でいい。激動の時代に何を感じ、あなたがどう動くのか、それが次の世界を作っていくんだと思いますね」

【株式会社アシックス】
鬼塚喜八郎が1949年に神戸で創業。創業理念は「健全な身体に健全な精神があれかし」。1977年、合併により株式会社アシックス設立。本社:兵庫県神戸市中央区。事業所としては渋谷オフィス、スポーツ工学研究所がある。関連会社は国内に10社、海外52社。資本金:239億7200万円。事業内容:各種スポーツ用品等の製造および販売。従業員数:9039人(連結)。年間売上高:3780億5000万円(連結)(※令和元年12月期実績)。売り上げの海外比率は7割以上。温室効果ガス排出量の削減活動にも定評があり上位企業3%が獲得する「サプライヤー・エンゲージメント・リーダー・ボード」にも選出された。「東京2020オリンピック・パラリンピック」ゴールドパートナー(スポーツ用品)。URL:https://corp.asics.com/jp/

【廣田康人(ひろた・やすひと)】
1956年、愛知県名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部卒業。80年4月三菱商事入社、89年にロンドンの現地法人に赴任し、総務・人事・渉外などを担当。2010年に執行役員・総務部長、14年、代表取締役常務執行役員・コーポレート担当役員、17年関西支社長を兼務。アシックス前社長で現会長の尾山 基氏のオファーにより、18年1月、アシックスに顧問として入社する。同年3月に代表取締役社長COO(最高執行責任者)に就任。現在に至る。自身、50代からマラソンを始め、61歳で出場した大阪マラソンで3時間53分と自己記録を更新した。レース開催が厳しいなか、現在も神戸本社と東京の行き来の合間で月100kmは走る。「フルマラソンをやるなら150km以上は走ってほしいとコーチには言われているんですが」と苦笑い。演劇や映画、落語および歌舞伎など幅広い趣味を持つ。

Photograph:Kentaro Kase
Text:Mariko Terashima

※「アエラスタイルマガジン Vol.49」より転