また、ふだんの柔らかい物腰、話し方からは想像がつかないほどの、「食欲への強い執着」は、ギャップとなって読者を驚かせる。読者には、耐え難いほどの不快さを与える一方で、同時に凄艶(せいえん)な美しさとしても作用する。さらに童磨は、笑顔のまま、他人をイライラさせるあおり言葉を自在に操る「知性」を持っている。その底意地の悪い頭の回転のはやさ、他人を見下し、かえりみようとしない様子が、「悪魔的」な魅力になっている。正しい動機、美しい心に満ちた他の登場人物たちを際立たせる、魅惑的な「悪」が、童磨には見られるのだろう。
しのぶへの恋を自覚した童磨が「俺と一緒に地獄に行かない?」と告白をするシーンは、コミカルですらある。恋をしても身勝手なまま、自分の心だけに忠実な童磨は、不思議な魅力を持つ「悪」のキャラクターとして人々の関心を引くだろう。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』『はじまりが見える世界の神話』がある。