「いつまでも劇中の人間を引きずっていた」という答えが意外だった。というのも、以前、佐々木蔵之介さんが猿之助さんプロデュースの歌舞伎「空ヲ刻ム者」に出演したとき、「歌舞伎の公演は長期にわたるので、ペース配分に気をつけろとアドバイスを受けて面食らった」と話していたことがあったからだ。蔵之介さんは、舞台では常に全力を出すのが普通だと思っていたのに、だ。

「そんなことしたら死んじゃうよ(笑)。僕も若い頃にがむしゃらにやっていたら、先輩方から、『そんなことじゃ、ひと月持たないぞ』と教わりました。1日から25日まで毎日続く公演を、全部同じように務められるようにやるのがプロだ、と。こっちは毎日芝居するけれど、お客様は1回きりです。そこに出来不出来があるのは、申し訳ないじゃないですか」

「半沢直樹」に「藪原検校」と、歌舞伎ファン以外が猿之助さんの活動を目にすることも増えているが、歌舞伎以外で今後、何かやりたいことはあるのだろうか。

「ないです。歌舞伎では、やりたいことはいろいろあります。でも他のことは、お誘いいただいたらやるってだけで。頭の中は歌舞伎だけで精いっぱい。それに、歌舞伎以外の活動で何かを得ようとか学ぼうとかは思わない。そういう考え方は、見返りを求めているようで僕は嫌いです。今回の『藪原~』もみんなでできることに喜びを得ているだけで、“留学”して何かを学んでいるとかではない。むしろ、言葉は悪いかもしれないけれど“遊び”に行ってる感じ。楽しい大人のお遊びをみんなでできたら。あとはお客様に安全に楽しんでいただくこと。今はそれが第一ですね」

市川猿之助(いちかわ・えんのすけ)/1980年歌舞伎座「義経千本桜」の安徳帝役で初御目見得。83年「御目見得太功記」で二代目市川亀治郎を名乗る。2012年「二代目猿翁 四代目猿之助 九代目中車 襲名披露公演」において四代目市川猿之助を襲名。古典、新作歌舞伎のほか、栗山民也演出・井上ひさし作「雨」などの舞台や、映画「ザ・マジックアワー」「天地明察」、ドラマ「半沢直樹」、大河ドラマ「龍馬伝」などに出演。

(菊地陽子 構成/長沢明)

週刊朝日  2021年1月22日号より抜粋

暮らしとモノ班 for promotion
大谷翔平選手の好感度の高さに企業もメロメロ!どんな企業と契約している?