もともと、正恩氏には健康不安がつきまとう。このため、正恩氏のバックアップとして、与正氏が今回の党大会で更に昇進するとの見方が出ていた。

 もちろん、与正氏こそ、正恩氏が最も信頼を寄せる人物であり、事実上のナンバー2であることは間違いない。それでも、公式の立場を与えることができなかったのは、それだけ、正恩氏が複雑な立場に置かれていることの表れだろう。

■最高指導者以外は平等

 現在の北朝鮮は独裁国家だ。指導部は選挙を経ていないから、「推戴」という形で正恩氏を最高指導者に祭り上げる。その根拠は「白頭山(ペクトサン)血統」と呼ばれる、建国の父である金日成(キムイルソン)主席との血縁関係しかない。正恩氏には経験も人脈も不足している。今回の党大会で世代交代がさらに進み、81歳の朴奉珠(パクポンジュ)党副委員長らが退場したが、それでも、正恩氏の周りは「政治の先輩」ばかりだ。正恩氏は彼らの支持なしには権力を維持できない。

 同時に、正恩氏を取り巻く指導部も、金日成主席の血筋である正恩氏という「帽子」があって初めて権力の座を維持できる。双方は共生関係にあるといっても差し支えない。

 北朝鮮の人びとのお国自慢の一つに「我が国は、最高指導者以外は皆平等」という言葉がある。ナンバー2以下は、正恩氏らの叔母の夫で13年12月に処刑された張成沢(チャンソンテク)国防副委員長(当時)のように、誰もが批判の対象になり得るという意味だ。与正氏を特別扱いすると、このルールを破ることになる。

 正恩氏の権力が絶大であれば、そのやり方で問題がなかっただろう。与正氏を特別扱いできなかったことは、正恩氏にそこまでの力がなかったという現実を意味している。朝鮮中央通信は13日、韓国を非難する与正氏の談話を伝えた。肩書はやはり党第1副部長から後退した党副部長になっていた。同通信の報道の意味は、対外的にはなお、与正氏が影響力を維持していることを示すことで、与正氏のメンツを守ることにあったようだ。労働新聞など国内向けメディアがこの談話を伝えなかったのは、権力の分裂や混乱を招くことを心配したからだろう。

 そして、正恩氏のもう一つの失敗は、ポストの名称を巡る過ちだ。北朝鮮は5年前の党大会で、第1書記という最高指導者のポストを委員長に変更したのに、今回また、総書記という名前に変わった。

■父を憎み総書記避ける

 日米韓の情報関係者の間では広く知られた話だが、正恩氏は父、金正日(キムジョンイル)総書記を憎んでいた。金正日総書記は女性関係が複雑だった。正恩氏の母、高英姫(コヨンヒ)氏と事実上の婚姻関係にあった時も、金英淑(キムヨンスク)氏という正妻がいたし、正恩氏の異母兄、金正男氏の母親、成ヘ琳(ソンヘリム)氏も02年までは存命だった。高英姫、金正恩母子は金日成主席と面会することもかなわなかった。

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