AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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なぜこんなにも心地よく、沁みるのだろう。フラレ・ピーダセン監督(40)の「わたしの叔父さん」はデンマークのユトランド半島南部で昔ながらの酪農を営む叔父さんと27歳の女性クリスの物語だ。
「私もこの土地で生まれ育ちました。昔ながらの農家の暮らしが消滅してしまう前に映画にしたいと思ったのです」
冒頭から、セリフなしに二人の暮らしが描かれる。朝、クリスは身体の不自由な叔父さんの身支度を手伝い、二人で朝食をとる。牛舎で作業をし、夕食後にゲームをする。二人のあうんの呼吸と自然な様子に驚くが、なんとクリス役のイェデ・スナゴーと叔父役のペーダ・ハンセン・テューセンは実の叔父と姪。舞台の農場もペーダの家だという。
「イェデには私のデビュー作にも出てもらったのですが、彼女に叔父がいると聞き『彼を撮れるならこんなにいい題材はない!』と思ったのです。農場に泊まり込んで脚本を執筆し、彼のキャラクターを役に盛り込んでいきました」
しばらくしてようやく出てくるセリフが、叔父さんが発する「ヌテラ」なのがおかしい。ヌテラとはイタリア発祥のヘーゼルナッツの甘いペーストで、彼はこれをマフィンにたっぷりつけるのが好みなのだ。
「世界中で人気のある商品を、こんな土地で出てくる最初の言葉にしたらおもしろいかなと思いました。実際、叔父さんの家にもヌテラはありましたが、ただ彼はあそこまでヌテラファンではなく、ジャムも好きでしたね(笑)」
ほかにもユーモアが所々にちりばめられ、心をほぐす。だが次第にクリスの不幸な過去と、彼女が獣医の道を断念して叔父と暮らしていることがわかる。事情を知る地元の獣医師に誘われて助手をしながら、クリスの心にさざなみが立ち始める。夢を追うか、家族を選ぶか。都会に出るか地元に残るか。誰もがぶつかる悩みが描かれる。クリスは一見、叔父のために夢を諦めたようにもみえるが、それが自己犠牲ではないと感じられるところが不思議な魅力だ。