落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「煽(あお)る」。
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新刊『まくらが来りて笛を吹く』が発売された。初版が8兆部。強気である。でもすでに3兆8千億部がはけたらしい。こんなに売れたら、また儲かってしまう。我が家はお札のインクの臭いが充満。小銭は近所のお稲荷さんの賽銭箱に夜な夜な放り込んでたのだが、不審者扱いで通報された。御賽銭あげてるのになんで? それにここのところやけに願いが叶いすぎると思ったら、どうやらこの御賽銭のせいらしい。
私は身長が195センチ。顔がマイケル富岡、声が若山弦蔵そっくりになった。視力が18.0になり街ゆく婦女子の裸が丸見えだ。おまけに頭に角が、背中から羽が生えて、口から火炎球が出て、脇の下から毒液が出て、歴代総理と横綱も全員言えるようになってしまった。新刊本のおかげでえらいことになった……あー、景気が悪いこのご時世、ちょっとだけ「煽って」みた。ホントは初版5千部で、ふつうのおじさんのままです。ぴえん。買ってください。
前号の東海林さだお先生との対談。世の中の流れに「煽られ」ることのない平熱な対談となりました。レストランにてアクリル板を挟んで向かい合う二人。周りには編集長、デスク、お互いの編集担当者、カメラマン、よくわからない人……たくさんの関係者が密を避けて遠巻きに「東海林さだおと春風亭一之輔」を眺めている。「ビールください」。平たい声で午前11時からジョッキをオーダーする東海林先生。「私も」。アクリル板越しに乾杯。しばらく見つめ合ったあと東海林先生が切り出した。
「缶詰を開けた時に汁が溢れ出ることに対して、人類は何故無力なのかな?」。あぁなんて小さい、しかし意義ある問題提起なのだ。先生の仰るとおり。溢れた汁をなんの疑問もなく啜っている愚かな人類。周りの「オトナたち」は「コロナ禍においての漫画家と落語家の変わりゆく日常」みたいなことを話してほしそうに「煽る」ような眼差しでこちらを凝視しているのに、まるで意に介さず我々は缶詰の話題なのだ。まさにこれを豊かさと言うのだろう。