新型コロナウイルスの感染が広がる中、世界中に読者を持つ作家・村上春樹さんが本誌の単独インタビューに応じた。「どんな状況でも人は楽しめるなにかが必要です」と語る。では、村上春樹さんが今、楽しめるなにかとは何だろうか──。
作家であり、音楽のフィールドでも精力的に活動する村上は、2月14日のバレンタインデーに東京・半蔵門にあるTOKYO FMホールで行われる音楽イベントもプロデュースする。タイトルは「MURAKAMI JAM ~いけないボサノヴァ Blame it on the Bossa Nova~supported by Salesforce」。ミュージシャンで村上の番組のナビゲーターでもある坂本美雨とともに自身が司会を務め、後述する腕利きミュージシャンがボサノヴァのライブ・パフォーマンスを行う。
しかし、今回なぜボサノヴァのセッションにしたのか、不思議に思った村上ファンも多いかもしれない。
というのも、村上小説のほとんどで音楽が登場するが、それらはほぼジャズとクラシック。次いでロックだ。作品中にボサノヴァを見つけるのは難しい。デビューから40年のキャリアのなかでは、『ノルウェイの森』でレイコさんがギターで弾く「デサフィナード」、初期短編集『カンガルー日和』に収められた短編「1963/1982年のイパネマ娘」、『国境の南、太陽の西』に出てくる「コルコヴァード」、2020年の短編集『一人称単数』所収の「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」くらいだろうか。
「今はコロナ禍で世界中が大変なとき。でも、どんな状況でも人には楽しめるなにかが必要です。そこで、ボサノヴァをテーマにしました。バレンタインデーにふさわしい洗練された音楽ですし、ミュージシャンと話をすると、ボサノヴァが嫌いな人はまずいません」
1950年代後半にブラジルでサンバとジャズがクロスして生まれたボサノヴァは、8ビートを基本に静かな抑揚で演奏される。ブラジル以外の国で聴かれるようになったのは、60年前後。フランスとブラジルの合作映画「黒いオルフェ」にボサノヴァが使われ、62年にニューヨークのカーネギーホールでジョアン・ジルベルトやカルロス・リラがボサノヴァ・コンサートを行ったころからだ。63年にはボサノヴァの金字塔ともいえるアルバム「ゲッツ/ジルベルト」が録音され、収録曲の「イパネマの娘」が世界的に大ヒットしたとき、村上は10代だった。