プロレスシーンが超自然的な夢幻能ならば、介護問題は現在能。リアルにそこにある。寿三郎の認知症は日々少しずつ進行し、数分前のことを忘れる時もある。
「死に方がわからないんです。自分で広げた風呂敷のたたみ方がわからなくなっちゃった」
ヘルパーのさくら(戸田恵梨香)に語る寿三郎の眼差(まなざ)しの物悲しさよ。
これは「私の家の話」でもあり、「僕の家の話」でもある。老いてゆく親、そしていずれ老いる自分と向き合う物語なのだ。
毎回、寿一が寿三郎の入浴を手伝う場面がある。風呂場では面もマスクもない。素の二人。
今まで一度も父親にほめられたことがなかった寿一。けれどたまたまスーパー世阿弥マシンの試合を見た寿三郎が、浴槽につかりながら言う。
「ものすごい体幹の強いレスラーがいたんだよ。あいつ、能やればいいと思ったなぁ……」
息子だと知ってか知らずか、初めて父からもらうほめ言葉。なんとも言えない寿一の表情。これは男気とせつなさと優しさの話でもある。
カトリーヌあやこ/漫画家&TVウォッチャー。「週刊ザテレビジョン」でイラストコラム「すちゃらかTV!」を連載中。著書にフィギュアスケートルポ漫画「フィギュアおばかさん」(新書館)など
※週刊朝日 2021年2月26日号