98年10月、NTTドコモが東証1部に上場するという報を知り、その公募に申し込むと一株分が当たったから買った(売出価格は三百九十万円)。ドコモ株は翌年にかけて五倍以上に高騰したから、わたしの株熱は再燃し、またせっせと投資をはじめたのだが、ちょうどそのころ、編集者の紹介で藤原伊織を知った。イオリンとは月に一回くらい麻雀をしたが、電話がかかってくるのは週に二、三回で、話題は株のことばかりだった。イオリンは日々、株の研究怠りなく、デイトレーダーを自称するほどの株マニアだから、わたしにも、あれを買え、これを買え、と親切に教授する。教祖さまのイオリンに勧められると、信者のわたしもその気になり、いわれるままに株を買ったが、それで儲けたことはまったくない。イオリンは実に愛すべき友だちだった。

 話が逸(そ)れた。株だ──。

 06年ごろだったか、ふと気づくと、わたしは全財産を株に注ぎ込んでいた。さすがにこれは危ないと反省し、勝っている株を売って利益を確定したのが不幸中の幸いだったのだろう、08年9月、あのリーマンショックによる世界規模の連鎖的金融危機が発生した。株価は大暴落し、わたしはのけ反ってお漏らしをした。あまりに下落幅が大きいから投げ売りする勇気もない。保有株は塩漬けになり、結果的に損失額とそれまでの利益確定額は同じくらいだった。

 そう、四十年の株歴において、わたしは大した得もしていないが、損もしていない。いま思えば、ドコモ株が高騰したときに売っておけばよかった。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

週刊朝日  2021年3月5日号

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