TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、音楽イベント「MURAKAMI JAM」について。
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村上春樹さんが、「ジャズの名曲『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』のヴァレンタインは男の子の名前、『私のボーイフレンドはファニーな顔だけど、大好き』という意味なんです」と楽しそうに紹介した。2月14日のヴァレンタインデーに開かれた『MURAKAMI JAM~いけないボサノヴァ Blame it on the Bossa Nova~』。ステージでは、この曲を演奏するジャズピアニストの大西順子さんが「ボサノヴァではないですが、今日はヴァレンタインデーですから」と微笑んだ。「戦闘的で意欲に溢れ、それが音に表れている」と春樹さんが絶賛する大西さんが、今回のボサノヴァバンドを率いた。キレのある見事なアンサンブルとボサノヴァのリズムに軽やかに舞う小野リサさんのボーカル、ジャズ界のレジェンド山下洋輔さんのピアノタッチに坂本美雨さんのふくよかな歌声、さらに名曲『ルイーザ』を奏でたギタリスト村治佳織さんの最後の一音が、聴衆の心を射ぬいた。
コロナ対策で客席は通常の半分としたが、オンライン配信で、国内外の村上ファン、ボサノヴァファンが豪華なセッションに酔いしれた。
白眉だったのが春樹さんの自作朗読と村治佳織さんの共演。『カンガルー日和』に収められた短編「1963/1982年のイパネマ娘」朗読版を村治さんのギター演奏に乗せてリーディングしたのだが、時空を超えた旅の空間が立ち現れ、読み終えた春樹さんが思わず「ジェットストリーム」とかつての名番組のタイトルを呟いた。
「……しかしレコードの中では彼女はもちろん齢をとらない。スタン・ゲッツのヴェルヴェットのごときテナー・サクソフォンの上では、彼女はいつも十八で、クールでやさしいイパネマ娘だ。僕がターン・テーブルにレコードを載せ、針を落とせば彼女はすぐに姿を現わす」(「1963/1982年のイパネマ娘」より)