漫画を教えてくれたのは長姉の庸子(ようこ)だ。少女漫画誌に掲載されていた楳図かずおや『エコエコアザラク』で知られる古賀新一に夢中になった。怖い漫画にしか興味を示さなかった。
なぜそんなに怖い漫画にハマったのか。理由は「ゾクゾクする感覚がおもしろかった」から。伊藤は自身を「怖がりだ」と言う。心霊写真やテレビの心霊番組など「現実っぽいもの」を見ると夜トイレに行けなくなった。だが漫画で怖くなったことはない。漫画はフィクション感が強く「現実ではない」と思って楽しめる。
家族に可愛がられるいっぽうで、実はひねくれてもいたと本人は笑う。明子のこんな証言もある。
「潤二は中3のときに盲腸で入院したんです。お見舞いに行くと頂き物のケーキがあったのですが本人は食べられない。私が潤二から見えないところで頂いていると、いつの間にか潤二が手鏡を使って私が食べているところをじっと見ていました」
細かい作業が得意なのは父譲りで、プラモデルもよく作った。漫画を描き始めたのも早かった。小学校に上がる前から鉛筆で描いた漫画を近所の友人と見せ合い、中1でストーリー漫画を完成させている。楳図かずおの描く美少女に憧れ、姉の本棚からファッション雑誌を借りて女の子の絵を描くこともあった。
中学時代は星新一にハマり、自分でもショートショートを執筆した。見る映画はもっぱら「ゴジラ」などの怪獣映画や「エクソシスト」。SFや宇宙人など超自然的なものに魅了された。
が、精神面では暗黒だった。特に強かったのが容姿に対するコンプレックスだ。美醜への関心が人一倍強く、それが無い物ねだりとなって自身に跳ね返る。背が思ったように伸びない、歯並びが悪い。1歳上の美男の従兄弟の存在も気になって仕方がなかった。人と自分を比べ、あらゆることが欠点に思え、落ち込んだ。
そんな鬱屈とした日々は、高校で漫画仲間と出会ったことで救われる。ビートルズや文学を教わり、芸術への興味が広がった。だが、漫画家のような特殊な職業に就けるとは夢にも思わなかった。おばに「潤ちゃんは器用だから、歯科技工士がいいんじゃない?」と言われ、素直に聞き入れた。