そして、その人気はいまや世界規模だ。


 北米を中心に年間約350の日本漫画を英語に翻訳・販売するVIZ MEDIAの門脇ひろみ(47)によるとこれまでに北米で発売された伊藤作品は全11冊。その売り上げは全72巻の『NARUTO』や現在までに95巻を刊行した『ONE PIECE』の販売総数に匹敵する。2019年には漫画界のアカデミー賞と言われるアイズナー賞を受賞。台湾をはじめ上海や北京を巡回する個展が行われたり、デザイナーのヨウジヤマモト社の擁するS’YTEとコラボしたコートやシャツが販売されたり。SNSには世界中のファンによる作中キャラのコスプレ写真がアップされている。

 して、その人物像はというと、誰もが決して大げさではなく「こんないい人に会ったことがない」というほど、穏やかで紳士的。怒ったり不機嫌になったりする姿など誰も見たことがなく、細面の涼しげなルックスで、いつも静かに笑っている。そこから生み出される驚愕のホラー。……このギャップはなんなのだろう?

 伊藤は1963年、岐阜県恵那郡坂下町(現・中津川市)に生まれた。自然に囲まれた町の路地裏や裏山が格好の遊び場だった。丘の上には墓地や神社が、町外れには鬱蒼とした木々に覆われた不気味なトンネルがあった。

 家には電気工事の会社で事務職をする父と、電機部品を作る会社に勤める母、年の近い2人の姉、加えて父の姉妹である2人のおばがいた。おばはともに独身で、上のおばは小学校の教師をし、下のおばが共働きの両親に代わって家事を取り仕切っていた。女系家族の末っ子として、伊藤は「かなり甘やかされて」育った。次姉・明子は話す。

「潤二は保育園に入る前まではおとなしくて、私がいたずらでスカートをはかせても、言われるがままにはいてくれました」

 小学校に上がるころには明るくなり家族の前ででよくおしゃべりをし、CMソングなどを歌っていたと姉たちは振り返る。虫が好きでアゲハチョウやカブトムシを羽化させることに夢中になった。

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