家や家族に被害はなかったが、強い余震が何度も続いている。大津波警報が出ていることも気になった。朋佳さんたちは車に避難し、一夜を過ごした。
「千聖は、学校にいるから大丈夫」
車中で過ごしながら、朋佳さんはそう思った。うとうとしているときに、妹と楽しく遊んでいる夢を見たことを覚えている。
朋佳さんたちが千聖ちゃんと会えたのは、震災から2日後だった。遺体安置所に横たわっていた千聖ちゃんは、眠っているだけのように見えた。
朋佳さんが見る千聖ちゃんの夢は、現実の記憶をなぞるような内容が多い。
「妹が、まだそばにいるような夢ばかりです。一緒に遊んでいたり、震災前まで毎日、続いていた普通の夢をよく見ます」
朋佳さんが千聖ちゃんの夢で一番うれしいのは、千聖ちゃんが手を握ってくれたり、膝の上に乗ってきたりしたときだ。千聖ちゃんの肌の温かさ、握ってくれたときの手の力、膝に乗ってきたときの体の重みをはっきりと感じることができる。
「家に帰ると、ずっと一緒で本当に仲がよかったんです。よくぎゅーっと抱き合っていました」
千聖ちゃんを失ってから、朋佳さんは震災前より行動的な性格になった。以前は口数も少なく、おとなしかったが、今は、心の中にいつも妹がいる。
「もっともっと成長したい。楽しくて忙しい人生にしたい」と、朋佳さんは微笑む。
今、自分が体験していることは、いつか千聖ちゃんに会ったときのお土産話になるだろう。そして、千聖ちゃんを思いっきり抱きしめながら、こう言えたらいい。
「お姉ちゃん、頑張ったんだよ」と。
(同書「夢も現実も妹がいつもそばに」より抜粋)
■温かく手を差し伸べてくれる亡き人たち
金菱さんは、夢を通じて亡き人の声に耳を澄ませてほしいという。
「いつも励ましてくれる妹の存在、いつも気づかってくれる息子の存在、いつも言葉を交わし合う娘の存在……、遺された人にそっと温かく手を差し伸べてくれる亡き人たち。夢という他者が確認できないコミュニケーションの数々は、震災によって切り離されてしまった絆を確かな形を持ってつなぎとめてくれているのです」
「夢を通して亡き人の声をひたすら耳を澄まして聞いてみてほしい。私たちが無意識のうちに見落としている死者の息づかいや、愛する人を亡くした人との間にある密やかなささやき声が聞こえてくるのではないでしょうか」